一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物種子の恒常性

質問者:   大学生   ケイタ
登録番号1139   登録日:2006-12-23
植物種子の細胞外塩濃度の恒常性についてご質問させてください。

植物種子では休眠状態という表現が使われます。植物はもちろん動物のような神経系をもっていませんが、種子にも休眠中に恒常性を保つ機構があるのかについて興味を持っています。
といいますのは、種子は種皮によって外界と隔絶された状態にあるように考えていたのですが、発芽時には水分を吸収する必要があるため、それほど閉鎖系でもないのかなと思ったからです。

種子の胚細胞や胚乳細胞も細胞外塩濃度に対しては成長した植物と同様に敏感だと思うのですが、種子は種子形成時に取り込んだ低塩濃度(十数mM以下?)の水分をそのまま保っていられるような仕組みがあるのでしょうか? もし休眠状態の種子が乾燥状態に近くなっているとすると、種子の細胞外の塩濃度が濃縮されないような機構が働いているのでしょうか?

教えてください。
ケイタ さん:

日本植物生理学会 みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。ご質問は標記の番号で受け付け、回答をお送りします。
種子の「細胞外塩濃度の恒常性」という表現をお使いですが、その意味がよく理解できません。恒常性(ホメオスタシス)とは、生物は外部環境の影響で、体内の環境(内的環境)が常に変化するような圧力を受けていますが、この内的環境を一定に、あるいは生存に最適の状態に、保つ性質のことです。植物細胞は「細胞外塩濃度」を一定に保つような作用を持っていませんので、この表現は適当ではありません。また、「種子は種皮によって外界と隔絶された状態」と思われていますが、種皮の厚い、薄い、堅い、軟らかいなどの違いはありますが、多くは細胞壁成分と同じで、主成分は多糖類で水に高い親和性を持つ物質から出来ており、外部環境に対して閉鎖系ではありません。
ご質問の主旨は、種子が乾燥するに従い、水だけが失われるので、細胞外の塩濃度が高くならないような調節作用があるのだろうか、との疑問だと推察します。種子で大事な部分はもちろん胚(次世代の植物)ですから、胚が生き続けなければなりません。種子形成は、胚発生期(細胞分裂、細胞分化、細胞拡大)、成熟期(貯蔵物質の集積)、乾燥期と段階的におきます。胚発生はふつうの水分状態で行われ、一定の発生段階に達すると発生を中止します。胚発生の中期から植物ホルモンの一つであるアブシジン酸が大量に貯まるようになります。このアブシジン酸がいろいろな作用をあらわしますが、まず、胚の乾燥耐性を高める作用をします。増加したアブシジン酸は中期から後期の発生胚の遺伝子発現に影響を与え、胚に耐乾燥性を与える特殊なタンパク質の合成を促進します。同時に一定の発生段階に達した胚を休眠状態に移行させます。次に成熟期に入ると、貯蔵物質の蓄積を促します。成熟期中期頃から種子の乾燥(胚も乾燥します)がはじまりますが、疑問をもたれたように種子内の塩濃度が上昇することは十分考えられます。これらの塩をどのように処理しているかを詳しく調べた研究はありませんが、細胞外の塩濃度が高まれば、細胞内への吸収量も増加することが考えられます。アブシジン酸は塩耐性を強める作用があることも明らかにされています。つまり、アブシジン酸の作用で、種子は休眠を保ち、塩や乾燥に耐えるようになっていると考えられています。
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2006-12-26