一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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なぜオーキシンは光が当たると反対側へ移動するのか

質問者:   教員   橋本
登録番号1143   登録日:2007-01-02
授業の予習のために高校生物の教科書を改めて熟読していて疑問を持ちました。カラスムギの子葉鞘を材料にした実験で屈光性とオーキシンの関係を説明した章です。

【登録番号0916】を拝見して、屈光性の仕組みを説明するときに、コロドニー・ウェント説(オーキシンの横方向への移動とそれによって生じる不均等分布)を中心に解説しても問題はない旨、理解いたしました。

しかし、そもそも何故オーキシンは光の当たらない側へ横方向に移動するのでしょうか。

【登録番号0995】で上下方向の移動は説明できますが、横方向の移動については十分説明できないと思われます。あたかも光がオーキシンを押しやるような現象に対する疑問を今まで見過ごしていました。お手数ながらご回答いただければ幸いに存じます。宜しくお願いいたします。
橋本 さん:

お待たせしました。登録番号1143のご質問は北海道大学の山本 興太朗先生にお答えをお願いしましたところ、次のようなお答えを頂きました。また、登録番号0995でオーキシンの細胞内への取り込みについて、取り込みタンパク質は細胞の上側に局在するとしましたが、その後の研究では細胞膜全体に均一に分布してオーキシンを細胞全面から吸収する細胞が多いことが分かってきました。また、細胞壁内にはpHの関係で、解離していない(イオンでなく分子状の)インドール酢酸もかなりあり、この分子状インドール酢酸は取り込みタンパク質の働きがなくても細胞内へ透過します。ですから、問題の中心は、吐き出しタンパク質(PINタンパク質など)の局在場所にあることになります。

【登録番号0995】にありますように、植物細胞の細胞膜上にはオーキシンの輸送体タンパク質があって、その働きのためにオーキシンが一方向に輸送されます。その輸送体の中で、細胞の中から外にオーキシンを排出する輸送体(PINタンパク質と呼びます)が特に重要です。植物細胞は6つの面を持つ直方体とおおよそ考えることができますが、PINが6つの面の内、どこに存在するかということによって、オーキシンの輸送方向がほぼ決定されています。
お尋ねの屈光性のときに起こるオーキシンの横移動の仕組みは、実はよく分かっていないのですが、根の屈地性のときに起こる移動についてはだいたい分かっていますので、それをまず説明しましょう。根の屈地性を調節しているオーキシンは根冠の中央部よりやや基部側に位置する根冠細胞から発していて、根が垂直に成長しているときにはそこから周囲の根冠側部や表皮細胞に向かって流れ、そこに到達したオーキシンはさらに根の基部に向かいます。このとき流出源の細胞では、6面の細胞膜全体に均一にPINタンパク質が分布しています。この根を水平に横たえますと数分後にはPINの分布が変化し始め、6面の内、下側に位置する面だけにPINが局在するようになります。その結果、オーキシンは主に根の下側に排出されるようになり、根の下側のオーキシン濃度が増加します。反対に、根の上側にはオーキシンが流れ込まないようになり、上側の濃度が低下します。根では、垂直に伸びている状態でオーキシンによって成長がやや阻害される状態になっていますので、それよりオーキシン濃度が上昇する下側では根の成長が一層阻害され、反対に上側では成長の阻害が軽減されることになり、その結果、根は重力方向に曲がります。
では、このような細胞膜上のPINの分布変化はどのように起こるのでしょうか。膜タンパク質は、粗面小胞体上にあるリボソームで合成され、まず小胞体の膜に組み込まれます。その小胞体の先端がくびり切られて小胞になり、細胞膜まで輸送され、細胞膜に融合して細胞膜上のタンパク質として機能するようになります。多くの膜タンパク質の運命はそれで終わりですが、なかには細胞膜に組み込まれたのちに再び細胞膜からくびり切られて小胞になり、その小胞が多数融合してエンドソームという細胞小器官を形成し、そのエンドソームからまた小胞が形成されて細胞膜に戻るといった、エンドソームと細胞膜の間を常に行ったり来たりしているような膜タンパク質があります。オーキシンの輸送に関わるタンパク質はそのようなタンパク質の代表例です。
オーキシン輸送タンパク質は、細胞膜への組み込みと細胞膜からの脱離を常に繰り返しているので、組み込む場所を調節することで、細胞膜のどの面に局在するかを素早く変化させることができるのです。
屈光性の場合の横移動は、根の屈地性の仕組みより複雑なようで、よく分かっていません。この場合には、PIN以外のオーキシン排出に関わっている輸送体(ABC輸送体と呼ぶ)の機能も重要であることが分かっています。また、オーキシンを細胞に取り込む輸送体の方も、細胞膜上の分布を変えている可能性があります。しかし、その具体的な仕組みはともかく、細胞膜上の輸送体の活性が変化して横移動が起こるという原則自体は屈光性の場合も変わらないだろうと私は思います。あと数年もすれば、この仕組みは明らかになっているにちがいありません。

山本 興太朗(北海道大学大学院理学研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2007-01-15