一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

チェックリストに保存

植物体へのアミノ酸の吸収について

質問者:   会社員   長月
登録番号1155   登録日:2007-01-15
はじめまして。長月と申します。
実は実家で小規模ながら農業をやっております。一応、私も農学部の出身な のですが、どうしても分からないことがありまして、教えていただきにまい りました。

教えていただきたい内容は、植物体へのアミノ酸の直接吸収に関してです。
大学では、硝酸態窒素や、アンモニア態窒素の形で吸収されアミノ酸になり タンパク質が合成されると教わりました。しかし、アミノ酸が植物に直接吸収、利用されるかどうかについて、現在、どの位研究されているか調べて見ましたが余りデータを見つけることはできませんでした。この分野のデータについて文献を教えていただきますようお願いします。
長月 様

植物によってアミノ酸が吸収されるかどうか、どのような機構で吸収されるか、その効用についてのご質問ですが、有機体窒素の植物による吸収について長年にわたり、詳しく研究されてこられた東京大学農学生命科学研究科、西澤 直子 教授にお尋ねいたしましたところ、次のような丁寧な説明と文献を頂きましたのでご覧下さい。

植物の細胞を増殖させるために必要な培地の成分として、有名なMurashige Tと Skoog Fは無機成分以外にInositol、Nicotinic Acid、Pyridoxine、Thiamine、IAA 、Kinetin、Glycine 等が必要であることを提案し、これが現在の植物培養細胞の基本培地になっています。このことからも植物の細胞が有機物(ここではビタミン、植物ホルモン、アミノ酸など)を直接吸収することが、予想されていました。この著者以外にも先駆的な研究者達が、基本培地の確立のためにいろいろな有機成分の組み合わせを無菌的に植物組織に与えて試行錯誤していました。
一方、水耕栽培で(無菌栽培ではありませんが)、各種のアミノ酸を唯一の窒素源として他の成分は無機成分として投与しても、イネやオオムギは種子をつける収穫期まで生育するという実験が、1970-80年代に東大の森 敏、西澤 直子グループによって精力的に行われています。特に冷害などの低温・寡照の条件下ではグルタミン、アスパラギン、アルギニンなど1分子中の窒素含量が高い化合物はアンモニアや硝酸よりも良い生育を示す場合が見られることを報告しています。特にアルギニンの効果は顕著です。これは、冷害の時は照度が弱く光合成能が低下しているので、いくら窒素を根から吸収させても、それが地上部から来た炭素同化産物と十分に反応しきれずに、アンモニアや硝酸の無機態窒素として組織に集積するので不健康ですが(従ってイモチ菌に感染しやすくなります)、最初から上記の有機体窒素で吸収されれば、体内アミノ酸間の代謝がスムーズに行われ、タンパク質合成もスムーズに行くため組織が健全性を保っていられるためと考えられます。
ところで、アミノ酸が植物の根で直接吸収されることの証明は、放射性同位元素の14Cで標識したグルタミンをオオムギの根に投与して、一定時間ごとに根をすりつぶして、標識成分の変化を分析していくと、最初の10分以内で迅速にグルタミン→グルタミン酸→γアミノ酪酸→→コハク酸と代謝されることや、また14C,3H(トリチウム),15N(重窒素)で3重標識したアルギニンが30分以内に尿素とオルニチンに、その後グルタミン酸に代謝されることなど、アミノ酸がそのままの形で根から吸収された後に他の化合物に次々と代謝されることで証明されました。
その後、植物の培養細胞を用いてアミノ酸の輸送体(トランスポーター)が植物に存在する状況証拠が複数の研究者によって提唱されていましたが、1993年になってFrommer Wらによって、アミノ酸であるプロリン輸送体を欠損させた酵母変異株にシロイヌナズナのcDNAを導入して、生育が回復した酵母から、はじめて植物のアミノ酸トランスポーター遺伝子がクローニングされました。現在では大まかに分けて2種類の、しかし総数としては数多くのアミノ酸トランスポーターが、シロイヌナズナのゲノム中に同定されています。もちろん全ゲノムが解読されたイネをはじめとして、他の種々の植物でも同定されています。ほとんどのアミノ酸トランスポーターはいろいろな植物組織(根、葉、茎、花、種子など)の細胞膜に局在しています。ですから根や葉などに外から与えたアミノ酸でも細胞壁や、(葉の場合は)クチクラ層を通過して、細胞膜に到達しさえすれば容易に細胞内に吸収され栄養源となることになります。
西澤と森はタンパク質であるヘモグロビンを3Hで標識して、あらかじめヘモグロビンのみを唯一の窒素源として水耕栽培したイネの根に与え、イネの根の皮層細胞において、細胞膜が細胞内にくびれ込んでヘモグロビン粒子を取り込んでいることを見いだしました。この研究を通して、植物の液胞形成のメカニズムには、内生的(オートファジー)由来のものと、外生的(ヘテロファジー)由来のものとがあることを見いだしました。
しかし、先に述べましたように、それではどんなアミノ酸でも植物の生育にとって有効かというと話は単純ではありません。バリン、ロイシン、イソロイシン等の分枝アミノ酸やフェニルアラニン、チロシンといった芳香族アミノ酸、そしてヒスチジンなどは植物細胞内でのアミノ酸代謝の流れから見ると末端に位置するアミノ酸なので、吸収されてもタンパク質に取り込まれる以外はなかなかほかのアミノ酸に代謝され難いものです。従って過剰に与えると、根や葉や穂の奇形化などの過剰傷害が起こります。また、メチオニンは植物ホルモンであるエチレンの前駆体ですので、過剰に与えると自分でエチレンを発生して根がスカスカになるなど生育阻害を起こします。
いったんどこかの組織の細胞に入ったアミノ酸は、そこの細胞で代謝されたり、細胞間連絡(プラズモデスマータ)や細胞膜のトランスポーターを経由して他の細胞に移行したり、篩管や導管に入って他の組織に容易に転流していきます。放射線であるポジトロン(β)を放出する核種である11Cで標識したメチオニンを用いたトレーサー実験(PET)は、11Cの動きを非破壊的にリアルタイムで経時的にダイナミックに追跡できる手法ですが、この分析によって篩管の中でのメチオニンの下方移行速度は1分間に約1センチであることが明らかになっています。登熟期のイネでは下位葉から葉のタンパク質の主成分であるRuBiscoが分解してアミノ酸群になってから篩管を経由して子実へ転流していきますが、その転流アミノ酸の主な成分がグルタミンとアスパラギンであることは1950年代の日本の研究者(天正 清ら)による有名な知見です。これはアスパラギンテストとよばれ、イネが栄養成長から生殖成長に移った時を確定する栄養診断法に使われました。
文献
Murashige T and Skoog F: A revised medium for rapid growth and bioassays with tobacco tissue cultures. Physiol Plant 15: 473-497 (1962).
Mori S, Nishizawa N, Uchino H, Nishimura Y : Utilization of organic as the sole source nitrogen for barley. Proceedings of the International Seminar on Soil Environment and Fertility Management in Intensive Agriculture. Tokyo-Japan, 1977.
西澤 直子・森 敏: 自己貪食による液胞形成-ヘモグロビンで育てた水稲冠根皮層細胞の場合 日本土壌肥料学雑誌 48: 471-480 (1977).
Nishizawa N, Mori S: Invagination of plasmalemmma : Its role in the absorption of macromolecules in rice roots. Plant Cell Physiol 18: 767-782 (1977).

Nishizawa N K, Mori S: Endocytosis (heterophagy) in plant cells: Involvement of ER and ER-
derived vesicles. Plant Cell Physiol 19: 717-730 (1978).
Mori S, Nishimura Y, Uchino H: Nitrogen absorption by plant root from the culture medium where organic and inorganic nitrogen coexist. I. Effect of pretreatment nitrogen on the absorption of treatment nitrogen. Soil Sci Plant Nutr 25: 39-50(1979).
Mori S, Nishizawa NK: Nitrogen absorption by plant root from the culture medium where organic and inorganic nitrogen coexist. II. Which nitrogen is preferentially absorbed among [u-14C]GluNH2, [2,3-3H]Arg and Na15NO3? Soil Sci Plant Nutr 25: 51-58 (1979).
Nishizawa N, Mori S: Vacuole formation as a results of intra-cellular digestion: Acid phosphatase localization as associated with plasmalemmma-invagination and vacuole formation. Soil Sci Plant Nutr 26: 525-540 (1980)
Nishizawa N, Mori S: Electronmicroscope-autoradiographical evidence for the incorporation of exogenous protein into rice root cells. Plant Cell Physiol 21: 493-496 (1980).
Mori S: Primary assimilation process of triply (15N, 14C and 3H) labelled arginine in the roots of arginine-fed barley. Soil Sci Plant Nutr 27: 29-43 (1981).
Mori S: Proline metabolism through GABA-shunt in barley roots monitored with a HPLC-radioanalyzer. 9th International Plant Nutrition Colloquium (Warwick) 1982 pp. 822-827.
Nishizawa N, Mori S: Utilization of exogenous hemoglobin by rice root cells through the mechanism of heterophagy. 9th Int Plant Nutrition Colloquium (Warwick) 1982 pp. 431-436.
Mori S, Uchino H, Sago F, Suzuki S, Nishikawa A: Alleviation effect of arginine on artificially reduced grain yield of NH4+, or NO3--fed rice. Soil Sci Plant Nutr 31: 55-67 (1985).
森 敏:リボ核酸の裸麦の生育に対する顕著な肥効 日本土壌肥料学雑誌 57:171-178 (1986)
Frommer WB, Hummel S, Riesmeier JW: Expression cloning in yeast of a cDNA encoding a broad specificity amino acid permease from Arabidopsis thaliana. Proc Natl Acad Sci USA 90: 5944-5948 (1993).
Fisher WN, Andre B, Rentsch D, Krolkiewicz S, Tageder M, Breitkreuz K, Frommmer WB: Amino acid transport in plants. Trends in Plant Science 3: 188-195 (1998).
Nakanishi H, Bughio N, Matsuhashi S, Ishioka NS, Uchida H, Tsuji A, Osa A, Sekine T, Kume T, Mori S: Visualising real time [11C]methionine translocation in Fe-sufficient and Fe-deficient barley using a positron emitting tracer imaging system (PETIS). J Exp Bot 50: 637-643(1999).

西澤 直子(東京大学農学生命科学研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
浅田 浩二
回答日:2007-02-20