一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物の耐寒性の機構

質問者:   一般   チェリー
登録番号1164   登録日:2007-01-24
エンドウマメは寒さに強いといいますが、植物の中でそのような
寒さに耐えるためにどのような働きがなされているのか。
前に質問で温度の感知は出ていたので、その感知の機構は理解できました。
アブシジン酸が関係あるというのは聞いたことがあるのですが・・・。
チェリーさま

ご質問ありがとうございました。
一般的に言って、植物は寒さ(場合によっては凍結)に耐える(抵抗する)ために多様な仕組みを用意しているようですが、生体膜の性質の変化はその中心に位置づけられるものと思われます。このような視点から、前に温度感知の機構について回答してくださった筑波大学大学院・環境科学研究科の鈴木石根先生から、以下のようなお答えを頂きました。ご参考にしてください。

植物をはじめ変温性の生物は、生育する環境の温度の変化により、われわれ恒温性の生物とは大きく異なった影響を受けます。恒温性の生物は自分で熱を生み出したり、放出したりする機構を持っていますが、変温性の生物はそういった能力はほとんど持っていません。さらに植物は移動ができないため、好ましい温度域に移動して耐えることもできません。ですから、植物は巧みな適応の機構を持っていると思われます。

温度が低下すると、生物の代謝反応を担っている酵素の活性の低下が起こります。それ自身も生物にとって有利なことではないのですが、もっとも厳しい影響を受ける部位は細胞や細胞内小器官(オルガネラ)を形作っている膜です。生体膜は生物の体の基本単位である細胞やオルガネラの形を維持するだけでなく、それらの膜の内外で異なる物質の濃度を維持する境界としても働いています。生物がエネルギーを獲得するためには膜の内外でのプロトン(H+)濃度の勾配が重要ですし、細胞が生育するために必要な栄養分はたいてい細胞外の方がずっと低い濃度ですが、細胞はそれを取り込んで細胞内の代謝に十分な濃度まで細胞内に蓄積しています。また、生体膜には多数のタンパク質が存在していて、それらが膜中を自由に移動できることが細胞の機能には必要です。

この細胞の膜は脂質二重膜でできていて、先に述べた生体膜の正常な機能のためには膜脂質分子が適当な流動性を保っている必要があります。バターやマーガリンを思い浮かべていただくとわかりやすいと思いますが、冷蔵庫では固まっていいますが、暖めると使いやすい適当に柔らかい状態になります。さらに温度が上がりすぎると液体の油になります。温度が低下すると生物の膜を構成する脂質にも類似したことが起こり、膜のある部分に脂質分子が固まってしまう相転移という現象(ゾル化していた脂質分子がゲル化すること)が起きます。そうなると、ゲル化した部分とまだゾルでいる部分との境目にすき間ができて、膜の内外に生じていた物質の濃度の差が保てなくなります。また、膜中に存在するタンパク質の移動が妨げられて、正常に機能できなくなります。では植物はどの様に、温度の低下による膜脂質の流動性の低下に対処するのでしょうか。膜の流動性を決める要因のひとつが、膜を構成する脂質に含まれる脂肪酸の形です。植物の脂肪酸は主に炭素数18で飽和の分子として合成されたあと、酸化されて2つの炭素原子に結合した水素が引き抜かれることにより、シス型の二重結合(C=C)が導入されます。飽和の脂肪酸の炭化水素鎖はほぼ直線なのですが、シス型の二重結合を持った脂肪酸の炭化水素鎖は折れ曲がっています。炭素数18の脂肪酸の場合は、二重結合は4個まで分子中の決まった部位に導入され、二重結合が多くより折れ曲がった脂肪酸を多く含む脂質ほど温度が低下しても固まりにくくなります。植物は低温条件に曝されると、膜脂質の脂肪酸に二重結合(不飽和結合)を導入する脂肪酸不飽和化酵素の発現量を増加させ、その結果細胞を構成している膜脂質脂肪酸の折れ曲がりを大きくして、低温条件でも膜の流動性を保てるようにしています。飽和の脂肪酸を多く含む動物性の脂肪(ヘットやラード)は常温で固体ですが、不飽和の脂肪酸をより豊富に含む植物の油(大豆油、菜種油など)が液体であることを想像していただいたらいいかと思います。またこれは余談ですが、動物は脂肪酸に1つ二重結合を導入する不飽和化酵素を持っていますが、2つめ以降の二重結合を導入する酵素を持っていません。ですが、正常な生育には植物や藻類が生産した多価不飽和な脂肪酸を摂取する必要があり、それらを必須脂肪酸と呼んでいます。

低温条件で様々な遺伝子の発現が上昇することがわかっていますが、これまで述べてきた脂肪酸不飽和化酵素の他にも膜の構造を安定するのに関わるタンパク質なども低温によって発現量が増加することがわかっています。また、機能がまだ分かっていない多数の遺伝子が低温条件で発現することがわかっています。それらの機能を明らかにすることで、まだ我々が知らない植物の低温適応機構がわかる可能性があります。

鈴木 石根(筑波大学大学院・環境科学研究科) 
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤 公行
回答日:2007-02-09