一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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暗発芽種子の発芽メカニズムについて

質問者:   教員   久保晶子
登録番号1183   登録日:2007-02-06
高校の生物Ⅰの内容に「光発芽種子に赤色光を照射するとフィトクロムがfr型になりその作用でジベレリンが活性され、発芽が促進される」とあるのですが暗発芽種子の場合フィトクロムr型の状態でどのようなメカニズムで発芽するのでしょうか。ジベレリンは活性されているか、またどのような物質によって活性化されるのか等教えていただきたいと思います。
久保晶子様

質問をいただいておりましたが、回答が遅くなってすみません。種子発芽と光の関係の研究をされている神戸大学理学部の七條千津子先生に回答していただきました。くわしく、分かりやすく解説されておりますが、なお疑問のあるときは質問して下さい。

フィトクロムは、植物では種子の胚細胞でも、他の部分の細胞でも生理作用の無い不活性型Prとして生合成されます。赤い光(R)の吸収によって初めて活性型Pfrに変化し、種子発芽(その他の赤い光による生理反応も)を引き起こします。これが光発芽種子です。ところがPrとして作られたフィトクロムが種子の成熟する過程や貯蔵期間にPfrに変化するものがあって、この場合には、暗黒でも容易に発芽します。暗発芽種子と言われているものの多くがこれにあたります。
光発芽種子として有名なレタスと、暗発芽種子と言われているトマトを例にとっていま少し詳しくお話しましょう。
暗黒で吸水させたレタスの種子に、Rを数秒当てると発芽します。このRの作用はR直後の遠赤色光(FR)によって打ち消されます。RとFRを繰り返し与えると、最後に当てたのがRであればフィトクロムはPfrになり発芽を引き起こすが、FRであれば再び不活性型Prに戻るため発芽が起きないことは教科書に書かれている通りです。しかし暗黒においたままの種子は発芽しないかといえば、そうではありません。レタスの品種によって、また同じ品種でも収穫年や収穫場所によって暗発芽率は異なります。光発芽の実験で有名なGrand Rapidsでも状況は同じです。これはPrから変化して生じたPfrによると考えられます。植物が光のもとで種子を実らせる過程でも同様の変化が起こります。PrからPfrがどの程度でき、どの程度Prに戻るかは、種子が成熟し乾燥するまでの光環境、温度、時間などの諸々の要因によって決まってきます。光発芽といわれているレタスの種子でも、このようなPfrの存在が、暗黒で吸水させた時に起こる発芽の原因になっています。
トマトの場合、暗黒で吸水した種子はほぼ全て発芽します。しかし、吸水時にタイミングよくFRを与えれば、発芽は抑えられます。その後は、レタスと同じようにRによる発芽促進と、FRによるうち消しを観察することができます。このことから、暗黒で発芽するトマト種子でもPfrがはたらいていることが分かります。
それでは、どうして光発芽種子と暗発芽種子に分けられるのでしょう。おそらく、種子形成時にPfrができにくい、できてもPrに戻りやすい植物と、そうでない植物があるからでしょう。私の知る限りでは、このことに関する詳細はほとんど分かっていません。一方、吸水した種子のPfrに対する感受性の違いも関係しています。これらについては、様々なケースが報告されています。
一方、フィトクロムが関与しない暗発芽種子もあります。エンドウ、インゲンマメ、トウモロコシなどがそれに当たります。これらの種子は、吸水すると暗黒でも光のもとでも発芽します。これらはほとんどの場合栽培植物で、光とは無関係に植え付けられる便利な形質をもつものを選抜してきた結果だと思われます。
ここでもう一つ付け加えますと、私どもが最近報告したことですが、Pfrが発芽を抑える現象です。トマト種子をシャーレに播いて吸水させ、長時間(数時間〜数日)光を与えると、発芽が抑えられることがあります。これは上に述べた物(フィトクロムB)とは異なる種類のフィトクロム(フィトクロムA)があって、このPfrが発芽を抑えていることを突き止めました。発芽を引き起こすフィトクロムと抑制するフィトクロムが、互いに働きあって最も適した光環境で発芽するように適応しているようです。
Pfrによる種子発芽のメカニズムですが、細胞質中で光によってできたPfrは核内へ移動して、遺伝子の発現を引き起こし、その結果種子発芽に関係するタンパク質が作られ、発芽を引き起こすことが明らかになってきています。ジベレリン(GA)は、複雑な生合成の過程を経て作られますが、その最終過程でジベレリン骨格の3の位置に水酸基をつけることによって活性を持つジベレリン(GA4やGA1)が完成されます。この水酸基を付加する酵素がPfrの作用によって作られることが分かってきました。これが、光がジベレリンの活性を通して発芽を引き起こす一つの仕組みです。種子の休眠物質として知られているアブシジン酸(ABA)の生合成はPfrによって抑えられることも明らかになってきました。光による抑制の解除です。
種子発芽の光制御は身近に観察される現象ですが、その仕組みはきわめて多種多様で、今後、多くの方々の参加を得て多くのおもしろい発見があるものと期待されます。

七條 千津子(神戸大学理学部生物学科)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2007-03-06
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