一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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セルラーゼを持たない理由

質問者:   大学生   ニシムラ
登録番号1185   登録日:2007-02-06
大学で生物学を学んでいるものです。植物は専門ではないのですが、ふと疑問に思ったので質問させていただきます。
セルロースは、植物体の構成物質の大半を占め、地球上におけるその総量は膨大なものです。しかしながら、現実にセルロースを分解し、栄養源としている生物はごく一部の微生物などに限られています。このことについて、「昆虫などの植物食性の動物がセルラーゼを生産できるようになると、植物が死滅してしまい、自身も絶滅してしまうから、セルラーゼをもつ生物がほとんど生まれなかった」という説明を聞いたことがあります。しかしこの説明では、「生まれなかった理由」としては成立しないと思います。
進化論の観点から、なぜセルラーゼを生産できる生物がごく限られているのかという問いについて、現時点ではどのような説明があるのかお教えいただけないでしょうか。よろしくお願いします。
ニシムラさま

みんなの広場へのご質問有難うございました。頂いたご質問の回答を、細胞壁成分に詳しい大阪市立大学の保尊隆享先生にお願いしましたところ、以下のような回答をお寄せ下さいました。私自身も勉強になりましたが、きっとお役に立つものと思います。

ご質問のように、動物はふつうセルラーゼを生産しません。しかし、必ずしもセルラーゼ遺伝子を持たないわけではありません。セルラーゼは糖質加水分解酵素の中でも非常に大きなグループを形成しており、12(14)のファミリーをあわせると、数百以上のセルラーゼ遺伝子があります。近縁のキシラナーゼやキチナーゼ、さらには基本的な反応を共有するβ-グルコシダーゼを含むと、その遺伝子の数は膨大であり、生物界に広く分布しています。動物でも、シロアリや二枚貝、そして線虫の仲間は、明らかにセルラーゼ遺伝子を持っています。したがって、動物が進化上セルラーゼ関連遺伝子を全く持ち合わせなかったというより、遺伝子は獲得したが進化の過程でその活性を発現しないようになったと考える方がよいと思います。
動物がなぜセルラーゼ活性を発現しないようになったのか。残念ながら、その答えはわかりません。1つの可能性として、栄養獲得上の必然性がなかったせいかも知れません。動物の体の主成分はタンパク質ですから、まずタンパク質を直接摂取するのが効率的です。また、エネルギー獲得の観点からは、結晶化していて難分解性のセルロースより、分解しやすいデンプン(あるいは脂質)の方が効果的な食糧です。この説明は純粋な草食動物にはあてはまりませんが、彼らはかなり初期からセルラーゼを生産する細菌と共生してきたと考えられます。
植物もふつうセルラーゼ活性を発現しません。しかし、その遺伝子はたくさん持っています。そして、器官脱離や果実軟化、あるいは通気組織形成時のアポトーシスの際のようにそれが必要な時にはセルラーゼ活性を発現し、自分の細胞や細胞壁を積極的に分解します。したがって、少なくとも植物に関しては、「ふだんはセルラーゼを生産すると自分の体を危険にさらすので活性を持たないが、必要が生じればその遺伝子を発現して利用する」と説明することができます。

保尊 隆享(大阪市立大学)
JSPPサイエンスアドバイザー
柴岡 弘郎
回答日:2007-02-20
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