一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物の生育環境について

質問者:   自営業   星の王子様
登録番号1202   登録日:2007-02-28
樹木を植栽するにあたって、樹種によって生育不可能な場合があります。例えば日本の中でも、比較的暖かいところに生育しているヤシとかソテツなどを東北地方に植栽すると枯れてしまうのは分かっていますが、なぜ枯れるのかその理由が分かりません。寒い地方に生育している樹木が生き延びていけるのは、冬季にブドウ糖を蓄積して組織が凍結しないようにしているらしいと言うことは何かの本で読んだことがあるのですが、そのほかに、南方の植物と北方の植物の生理的な違い、例えば導管の太さ、或いは長さとか、養・水分を吸収する組織などが特別違っていて、北方での乾燥地帯では養・水分の給水が困難となるために生育できないとか、ほかに何らかの理由があるのか疑問を抱いてしまいました。動物については「アレンの法則」「ベルクマンの法則」みたいなのがあると本で読んだことがあるのですが、植物については何も書いてありませんでした。宜しくご指導下さい。
星の王子様 さま

日本植物生理学会の質問コーナーに関心をお持ち下さりありがとうございました。少し遅くなりましたが、貴方からのご質問には北海道大学の荒川圭太先生が専門的な立場から大変詳しい回答をお寄せ下さいました。ご参考にして下さい。

暖かい地方に分布する植物を寒冷な生育環境に移すと枯れてしまうという現象に類するものは、私達の生活の中でも時々目にします。例えば「熱帯産の果物を冷蔵庫に保存したら黒くなって傷んだ」、「観葉植物の鉢植えを冬でも窓際に置いていたら葉が黒く傷んだ」、「冬に温室のヒータが故障して植木や草花の鉢植えが枯れた」等ということです。

通常、「低温」や「寒さ」が意味する温度は非常に幅があります。例えば、熱帯・亜熱帯産の植物や水稲などにとって5℃は生育や収穫に悪影響を及ぼすほどの低温ですが、これから越冬しようとする晩秋や初冬の多年生植物や樹木にとって5℃の低温は傷害の発生要因ではなく、むしろ越冬するための体制作り(低温馴化といいます)のきっかけとなるものです。しかも低温馴化した北方樹木は非常に寒さに強く、-40℃の凍結処理後でも生き残る例が知られています。

ここでは熱帯や亜熱帯原産の植物の低温傷害について回答しますので、文中に用いる低温は「プラスの温度域の低温(冷温)」に限定し、植物が寒さ(冷温)に耐える能力のことを「耐冷性」と表記します。植物の耐冷性は、同一個体であっても、採集する季節や器官によっても異なる場合がよくみられます。蛇足ですが、氷点下温度で処理すること(凍結処理)は、植物に与える影響や傷害発生のメカニズムが冷温処理の場合とは異なりますので、両者を区別して理解することが必要です。 

さて、前置きが長くなりましたが、本題に移ります。
南方系の植物を寒冷な生育環境に移すと枯れてしまうという現象は、その植物が持つ耐冷性の限度を超えた過度の寒さ(許容範囲を超える冷温や急激な温度低下など)を体験させたことによって、植物自身がその寒さに順応できずに致死的なダメージを受けたものと考えられます。このような場合、温度の低下が直接的な原因となって細胞にダメージをもたらします。典型的な傷害発生の例を紹介します。

温度低下に植物細胞が順応できないと、生体膜の主成分である膜脂質が相転移を起こして膜が固くなった状態が続くために(すなわち生体膜が柔軟性を失うために)生命活動に必須な膜機能が低下し、結果的に様々な生命活動が支障をきたします。

植物細胞は、細胞自体が細胞膜(原形質膜)に包まれている他、細胞内は生体膜に包まれた様々な細胞内小器官で構成されています。いずれの膜脂質中にも多種多数な膜タンパク質(構造や運動にかかわるタンパク質、多様な刺激を伝えるためのシグナル伝達因子や様々な受容体、物質の取り込みや排出を担う輸送体など)が存在し、いずれも流動性が保たれた柔らかい膜脂質中で機能しています。それが、過度の低温によって膜脂質が固くなって膜の流動性が維持できなくなると、これらの膜タンパク質は十分に機能できなくなります。生体膜組成は各々の細胞内小器官ごとに固有なので、低温による影響は一律ではないのですが、膜脂質が流動性を失う事は非常に多くの生命現象に悪影響を及ぼし、結果的に傷害に至ります。

例えば、膜機能の低下によって液胞内の水素イオンが漏れ出すと、細胞質基質のpHが酸性化し、種々の生体反応速度が低下し始めます。さらに膜機能が低下すると、選択的透過性を示す生体膜は植物細胞や細胞内小器官の「容器」としての機能を果たせなくなり、不要な成分が流入したり、必要な成分が流出したりします。低温傷害の一例に挙げた「組織が黒くなって傷む」という現象は、漏れ出したポリフェノールが酵素によって酸化されて褐変化したことが原因といわれています。

さらには、光の照射が加わると二次的な傷害も発生します。通常、緑色植物に光を照射すると、葉緑体のチラコイド膜において光エネルギーを化学エネルギーへと変換する反応(光合成)が起こります。しかし、低温処理にて細胞機能が低下した状態では光によって励起された分子のエネルギーが十分に消費(利用)できないため、結果的に非常に酸化能力の強い危険な分子(酸素ラジカル)を産生することになります。そのため、低温下で光照射が続くと、処理能力を超えた多量の酸素ラジカルが発生して植物細胞に酸化傷害を引き起こします。そのため、冷温下での光照射は、植物細胞に致死的な傷害をもたらす要因となります。

このような過程を経ることで、冷温に順応しきれない植物は低温条件下にて致死的な傷害を被り、枯死に至ります。

低温傷害について個々の植物の事例を取り上げると、傷害発生の要因は他にもいくつもあると思いますが、ここでは熱帯・亜熱帯産植物が冷温傷害を被ることについて概説させていただきました。例えば、低温による傷害として稲の冷害を思い浮かべることがあるかも知れませんが、その原因はここで述べた冷温傷害のメカニズムとは異なっています(詳細は割愛します)。一方、耐冷性のメカニズムとなると、このような低温傷害を防ぐことが肝要となります。したがって、耐冷性の高い植物や冷温に順応した植物では、生体膜脂質が冷温でも流動性が維持できるような脂質組成に変化していたり、酸化ストレスを防御するための抗酸化システムが充実していたりします。もちろん、これだけに限らず、その他多くの生理現象が低温によって誘導され、大なり小なり影響を及ぼし合っています。

また、寒い地方の樹木が厳寒期にも耐えて生き延びるためのメカニズムになると、耐冷性というよりも、氷点下温度に対する耐性(耐凍性)のメカニズムが深く関与してきます。寒冷地に適応した樹木では、秋から冬にかけて日長が徐々に短くなり外気温も低下するようになると、低温馴化の過程を経て耐凍性を高めるため、冷温はストレスではなくなり、水の凍結がストレス因子となります。耐凍性についての一般的な解説は、当質問コーナーの1123や1194の回答が非常に参考になりますので、詳細は省きます。野外に植栽した樹木が冬の寒さに生き残るためには耐凍性が高いことが第一に必要な条件ですが、それ以外にも克服しなければならない問題がいくつもあるようです。

例えば、厳しい寒さに見舞われる地域では、雪に覆われない樹木は直に外気温の低下に曝されるため、樹体内の導(道)管の水が凍結することもしばしば起こります。地理的、気候的な条件が運悪く重なると、樹木が枯れることがあります。春先のまだ寒さが残っている時期に、日中に陽が射して樹の上方にて凍結していた導管内の水が融解し常緑葉が蒸散を始めても、陽当たりの悪い地面の水がまだ凍結していると根から吸水できずに地上部で脱水症状に陥る、といった例です。質問コーナーの1187に対する回答にもありますが、導管内で凍結した水が融解する際に、通導組織に気泡が詰まって水が流れなくなるキャビテーションという現象を起こすこともあります。これが多発すると、水の供給が断たれて枝が枯れことになります。また、本筋から脱線しますが、雪に覆われれば植物も外の寒さはしのげますが、積雪層の下では、地表面近くの比較的湿度の高い暗黒条件で生育できる病原菌に感染する危険性をはらんでいます。さらに、条件によっては、雪の重さや大気汚染物質の混入なども植物にとって十
分にストレス要因になりえます。このことからもわかるように、植物が越冬するためには多くのストレス要因に対処しなければなりません。

植物の寒さに対する適応機構に限らず、植物の越冬機構ということで話を拡げると、未解明な問題、克服すべき課題がまだまだ残されていることがわかります。こうした課題をひとつずつ解明できれば、低温感受性の高い植物を耐冷性・耐凍性に優れた品種へと改良したり、冷害・霜害・凍害などに対する防御方法を確立したりすることに貢献できるものと思います。

荒川 圭太(北海道大学大学院農学研究院)
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤 公行
回答日:2007-03-24