一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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①食虫植物のアミノ酸の吸収 ②細胞融合

質問者:   大学生   田中
登録番号1203   登録日:2007-03-03
はじめまして、田中といいます。私は以下の二つの質問があり、それぞれが全く関係の無いことで恐縮ですがお願いします。
①食虫植物のアミノ酸の吸収
私は食虫植物(主にネペンテス、サラセニア)を育てていますが、補虫袋に無機質の肥料と虫のどちらを与えた方が生育が良いか疑問に思っています。そこで以下の質問があります。
食虫植物はタンパクを合成する材料として捕獲した虫から窒素分を主に硝酸イオンやアンモニウムイオンの形で吸収すると聞きます。しかし、食虫植物は窒素分をアミノ酸の形でも吸収すると思います。これについて個人的に調べた結果ネペンテスについてほぼ確信していますが、サラセニアや他の食虫植物でも捕食した虫から、窒素をアミノ酸の形でも吸収するのでしょうか?

②細胞融合
ネペンテスの人工交配を行おうと思った事がありますが雌雄が分かれている事や種子を蒔いてから開花するまでの期間が長いなどの理由からすぐに断念しました。ここで思ったのですが、細胞融合を用いれば上記の理由により交配が難しい品種でも比較的簡単に交配種を作り出すことができるのではないでしょうか。細胞融合は遠い種間の交配には良く利用されますが、近縁種間の交配には利用されていないように思います。近縁種間での細胞融合なら細胞融合後の植物体に実がならない等の障害も出ないと思います。しかし、実際にやられていないなら、近縁種間での細胞融合がやられていない理由があると思うのですが、その理由について教えてください。
田中様
遅くなりましたが、お尋ねの質問(登録番号1203)にお答えします。

1の答えはyesです。
食中植物は窒素栄養源を主として捕虫袋で捉えた昆虫から得ていますが、Nepenthes などは、根から十分な窒素や燐が供給されると、捕虫袋が形成され難いと言うこともあります。Sarraceniaの場合は葉自体が捕虫袋でが。
食中植物が生育する土壌は大体無機栄養分の供給が不十分であるような状況で、根自体の発達も貧弱です。だから、これらの植物は昆虫(動物)を栄養源とする生き残りのためのストラテジーを進化させて来たのでしょう。捕虫袋に昆虫が捕捉されると、捕虫袋分泌液はpH2~3に酸性化し、protease や各種のpeptidases が分泌される他、phosphatase, RNaseなどの加水分解酵素が検出されます。これらの酵素は当然補足した昆虫の分解にあずかることになります。また、ammonium ion の濃度が上昇しますので、昆虫が摂取するN 源の一つはammonium ion であると考えてよいでしょう。事実、消化腺ではammonium ionの取り込みに関わるtransporterの発現が確認されています。他方、消化が進行している捕虫袋内ではamino acids やpeptides が存在し、それらのtransporterも報告されています。これらのことから、free amino acids や,もしかするとpeptides のかたちで取り込みが行なわれていると推定されます。興味ある事実は、捕虫袋にammonium chlorideを 添加すると、proteaseの分泌が促進されることです。捕虫袋内でammonium ion は消化酵素の分泌の引き金になっているのではないかと考えられています。ammonium ion は昆虫が捕捉されたとき、昆虫の体表に付着しているか、体表のバクテリアの働きによる分解されることに由来しているのではないかと考えられています。

生化学を勉強されているということなので、理系の学部に所属しておられるとおもいます。もし、図書館で、植物化学調節学会発行の雑誌「植物の生長調節」を閲覧できるのでしたら、Vol.37, No.2 (2002):139-145 に掲載されている、”食中植物の食中機構“(あん忠一他著)を御覧下さい。主としてNpenthes の話ですが、参考になるでしょう。

2の細胞融合は近種間でも勿論できます。というよりは、細胞融合は原則として、どんな細胞の間でも可能です。動物と植物の間でもできます。問題は、融合した細胞がその後分裂出来るかというこ、さらに、植物の場合、分裂して個体まで再生できるかということです。植物の細胞融合は、まず細胞壁を酵素分解で除去してプロトプラストにしてから融合させます。融合は一個ずつの細胞でやるのではなく、多数のプロトプラストを混合して処理しますから、同じ植物由来のプロトプラスト同士ででも融合します。二つ以上のプロトプラストが融合することもあります。したがって、2種類のプロトプラストが何らかのマーカーで区別されていないかぎり、異なったプロトプラスト同士が融合した細胞を選別することは、見ただけではできないこともあります。一つの方法は、とにかく、融合処理したプロトプラストを全部培養し、それぞれ細胞壁を再生させ、分裂を誘導して、細胞塊を形成させて、それから個体を分化させてみることです。沢山のなかから、新しき雑種らしきものが得られればラッキーでしょう。今は、個体まで育てなくても、遺伝子解析をおこなって、雑種であるかどうかを早い段階でスクリーニングすることはできますが。いずれにしても、このような試みのためには、多数の容器と広いスペース(温度などが調節された)が必要でしょう。
融合した細胞はすべて雑種として生育するというものではありません。多くの場合、融合細胞(染色体は二つの細胞からのものをふくんでいます)では染色体の脱落が起ります。望ましい性質の遺伝子が在位する染色体がそのまま残るかどうかも分かりません。などなど、他にも問題があり、細胞融合による新しい品種や雑種の育成は技術的にそれほど容易ではありません。事実、かっては、掛け合わせが難かしい植物間の雑種をつくり、新品種の開発の手段として希望が持たれたのですが、実際にマーケットに出るようなものはできていません。ポテトとトマトの細胞融合による雑種ポマトは作られはしましたが、作物としての価値はゼロです。現在は遺伝子組替えの方がてっとり早く、目的の植物を作出できます。というわけで、細胞融合による雑種の開発は、融合ができないからやられていないのではなく、あまりメリットがないからだと思います。
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2007-03-14