一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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キンポウゲ科の細胞融合について

質問者:   高校生   おたね
登録番号1217   登録日:2007-03-21
学校に実験できそうな機器があるので、キンポウゲ科の属間での細胞融合に挑戦したいと思っています。しかし経験がないので、必要な薬品や機器も含めて具体的に手順を教えてください。できれば植物体にまで育てたいと考えていますのでよろしくご指導お願いします。
おたねさん
長い間お待たせしましたが、質問にお答えします。回答は、植物の細胞融合の研究をしておられる、千葉大学園芸学部植物細胞工学専攻の三位正洋教授にお願いしました。大変くわしく、かつ分かりやすい説明をいただくことができましたので、参考にして下さい。細胞融合は何となく簡単にできそうな実験のように思いますが、三位先生も書いておられるように、新しい植物で試みる場合は、試行錯誤で技法を確立していかなければならない所があります。まず、基本を習熟されることをすすめます。そのためには、挙げられている参考資料などに沿って試みてはどうでしょうか。

細胞融合に興味を持っていただき、有り難うございます。細胞融合については、有名なトマトとジャガイモの融合雑種であるポマト作出が報告されてから、すでに20年が経過してしまいました。この間多くの植物間で細胞融合による雑種植物の作出が試みられてきたのですが、残念ながらあまりご紹介できるような素晴らしい成果がないまま、今日まできてしまったような感じがします。それにはいろいろな理由がありますが、ここではまずご質問にそってお答えしたいと思います。
細胞融合を行うためには、まず細胞壁を持たない単細胞、すなわちプロトプラストをまず準備しなければなりません。そのためには、植物の組織を細胞壁の主要な成分であるセルロースとペクチンを分解する酵素であるセルラーゼとペクチナーゼをそれぞれ1-2%と0.5%程度含む水溶液で処理する必要があります。ただし植物の細胞は水溶液よりも遙かに高い浸透圧を持っており、しかも細胞壁がなくなった細胞は外側に薄い細胞膜があるだけですので、酵素を含む水溶液の中で急激に吸水して破裂してしまいます。ですからそれを防ぐために、酵素液の中には細胞に害作用の少ない浸透圧調節剤として、ショ糖などの糖類を0.5M程度加えておく必要があります。
キンポウゲ科のように比較的やわらかい草本植物では、おそらく若い葉などを用いればプロトプラストを単離することは簡単に出来ると思いますし、細胞融合装置がありさえすれば、細胞融合を試みることはできます。しかし植物体を作るということになると、その前提として、少なくとも融合させるどちらかの植物のプロトプラストから植物体を再生させられるようになっていないといけません。実験材料に考えておられるキンポウゲ科植物に関しては残念なことに、プロトプラスト培養を含めて組織培養自体が難しいのが現状です。従って、経験のない方が、この科の植物を使ってプロトプラストを培養し分裂させること自体が、きわめて難しいことではないかと思います。植物の組織や細胞の培養を行う場合、一般に組織が小さくなればなるほど、その組織が生きていくために必要な培養条件が難しくなっていきます。従って、単細胞でしかも細胞壁を持たないプロトプラストの培養がそう簡単ではないということのほうが、むしろ一般的なことなのです。細胞融合の研究があまり華々しい成果をあげられないことの大きな理由のひとつがここにあります。
とはいうものの、新しいことにチャレンジするのはとても大事なことです。細胞融合に興味があるのであれば、まず最初は誰がやっても比較的簡単にプロトプラストがとれ、しかも培養もできるような植物を選ぶべきだと思います。そうでないと、培養している間にプロトプラストに何が起こっているのか、どういう状態が生きていて、細胞分裂が起きている状態とはどんなものなのか、などという基本的に大事なことがまったくわからないまま、やみくもに実験をすることになってしまうからです。どんな研究もとりあえずは決められたマニュアルに従ってとりあえずやってみることが大事ですが、生き物を対象とする実験では、同じようにやっているつもりでも様々な条件が少しずつ違っていて、全く同じ結果が得られるようなことはきわめてまれだといっていいと思います。プロトプラストの培養についてはとくにそういう傾向が顕著で、多くの経験と勘が要求される実験になりますから、はじめはとにかく簡単な材料を使って、人並みの結果が得られるようになることが先決です。それによって自分の技術が人並みのレベルになったことを確認してから、次のステップに進むという姿勢が結局は早道になると思います。
それではどんな植物を対象にしたらいいのでしょうか。私はナス科の植物をおすすめしたいと思います。ナス科の植物は一般的にプロトプラストの培養がしやすいものが多く、その代表がタバコなのですが、おそらく身の回りにタバコが栽培されているような場所は限られているので、特別に入手しない限り無理だろうと思います。でもタバコに比較的近縁なペチュニアは町の中の花壇や庭先などいたるところで栽培されていると思いますので、これの葉を材料に使うことをお勧めします。ペチュニアでプロトプラストを培養し、ちゃんと細胞分裂が起こり、カルスが形成できるようになった段階で、はじめてキンポウゲ科の植物にチャレンジしてみたらいかがかと思います。すぐにうまくいくとは期待できませんが、簡単な材料で得た経験はきっと役に立つはずです。ただしペチュニアに限ってもプロトプラストの培養のしやすさは、品種によっても大きく異なりますし、最終的に得られた組織から植物体を再生することが困難な場合もありますので、ペチュニアなら絶対に大丈夫だという保証は出来ませんので、あらかじめ御承知下さい。
プロトプラストの培養は無菌で行いますから、葉などの培養材料を次亜塩素酸ナトリウムの水溶液などで殺菌する必要があります。酵素液も無菌にしなければなりませんし、培地の作成や植え付け操作など、すべてに無菌操作が必要になります。ここでこうした問題のすべてにお答えすることはできません。幸い農業高校生を対象にした「植物バイオテクノロジー」と題する教科書(実教出版と農文協が出版)がていねいでわかりやすいと思いますので、それを参考にされることをおすすめします。
最後に細胞融合が種間雑種を作ることにあまり大きな成果をあげてこなかった理由をもうひとつあげてみます。それは、あまりに縁が遠い植物の間で雑種をつくろうとしたことに無理があった、ということになると思います。そもそも細胞融合が注目されたのは、先に挙げたジャガイモとトマトの雑種、ポマトのように、普通の交配(雌しべに別な種の花粉をつけること)ではそれまでに雑種が得られないような組合せでも、雑種植物が得られる可能性があったからなのです。こうした期待を持って研究者は細胞融合に取り組んだのですが、融合自体は簡単に起こせても、異なった細胞同士が一緒になると様々な障害が起きて、一方の遺伝子が全て排除されてしまったり、両方の遺伝子が共存した状態では植物体が再生できなかったり、雑種植物自体はできても子孫を残せなかったりというような結果に終わり、当初期待したような役に立つ植物をえることができなかったのです。ポマト自身も結局種子を着けることはありませんでした。このようにあまり遠縁の植物間では役に立たないということはありますが、比較的近縁なのにどうしても雑種が得られないとか、まれに交配で雑種が得られるが効率が悪すぎるなどという種間の組合せで雑種をつくる手段としては、まだまだ利用価値はありますし、それ以外にも様々な応用場面は残っています。遺伝子組換え全盛の時代で影が薄くなってしまった細胞融合ですが、是非興味を持った、新たな若い研究者がでてくることを願っています。頑張ってください。

三位 正洋(千葉大学園芸学部)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2007-05-07