一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物力学と建築における構造力学の関係と応用

質問者:   大学生   たら
登録番号1250   登録日:2007-05-03
植物は茎で多量の葉を、幹で枝を、枝で葉や果実を支えており、力学的に非常に優れていることに驚きますが、このような植物における力学(特に枝が横に伸びても幹から折れずに存在している状態)の仕組はどのようになっているのでしょうか??登録番号0619に掲載されている膨圧の原理や東京ドームの原理は分かるのですが、細胞同士の結合は何か特別な仕組があるのでしょうか?細胞間が重力により引き離されるようなことは無いのでしょうか?
又、木本の中に含まれる死んだ細胞の細胞壁はどのように重力に耐えているのか詳しく教えて頂けませんか?
上記にあるような植物に備わった優れた力学を用いて建築構造力学(特にキャンチレバー)に応用する試みはなされているのでしょうか?つまり、空想的な話になってしまうのですが、例えば高層ビルの途中から枝のようなものがニョキニョキ伸びて室空間を形成するようなこと(建築専門用語のキャンチレバーを伸ばしすぎると曲げモーメントにより座屈してしまいますが、それを植物の力学の仕組で防ぐこと)は有り得るのでしょうか?
たら さん:

お待たせしました。登録番号1250の解答をお送りします。
森林総合研究所の篠原健司先生を介して、北海道大学大学院木材工学研究室の小泉章夫先生から次のような回答を頂きました。小泉先生は、専門とされている木材工学の立場からたいへん詳しい解説を書いて下さいました。植物生態学の立場からは、登録番号0253の解答が参考になると思います。参照して下さい。

樹木や草本は,それ自体,優れた構造物です。それらの力学的特性は,陸上に進出した維管束植物が,光を求めて空間に枝葉を展開していった過程で獲得したものです。
なかでも寿命が長く,大きな体積と重量をもち,暴風や積雪,地すべりといった外力に抵抗することが要求される樹木は,細胞レベルと樹形レベルの両面で力学的にすぐれた形状・構造を持っています。
樹木の幹や枝で,曲げやせん断の力に抵抗する要素は,長軸方向に配列した紡錘形の木部細胞である仮道管(針葉樹の場合)や木繊維(広葉樹の場合)です。木部を構成するこれらの死んだ細胞は中空のパイプ構造をもち,曲げに関する比強度を高めています。それらの細胞壁は,長い直鎖状のセルロース高分子の束であるミクロフィブリルが細胞の長軸方向に近い配向で堆積して形成されており,細胞壁内や細胞間の空隙はフェノール性の三次元高分子であるリグニンで充填されています。よく言われることですが,ミクロフィブリルが引張力に抵抗する鉄筋の役割を受け持ち,マトリクスであるリグニンが圧縮力に抵抗するコンクリートの役割を果たすRC構造に例えられます。つまり,枝や幹の構造は,電信柱のような中空のRC円筒をたくさん集成した構造だといえます。仮道管や木繊維は生きている細胞ではありませんが,決して細胞の死骸ではなく,はじめから強度を受け持つ構造要素として形成層で製造されている組織なのです。昔から,人間は,この優れた構造材料を木材として建築に利用してきました。
このように,木部の強度は細胞壁,および,中空細胞の集合構造によって発現するもので,葉や草本の茎のように生きた細胞内の水による膨圧で維持されているわけではありません。したがって,適用する力学は通常の(異方性を考慮した)材料力学や建築構造力学です。
細胞間はリグニンで接着されていますが,ミクロフィブリルの配筋がされていない横方向の引張力に対しては強くありません。枝分かれを持つキャンチレバー構造に特化した樹木は,幹や枝の軸方向の強度を大きくするために,横方向の強度を捨てて異方性を高めているのです。重力(自重)によって細胞間が横引張破壊するような条件は想像できませんが,暴風による風害の際には,枝の付け根から引裂かれるような破壊形態をみることもあります。
細胞レベルから離れて樹木レベルでみたときの構造の合理性についても,いくつも例を挙げることができます。第一に幹や枝の長さ方向のテーパー形状があります。枝は伸長成長に引き続いて連年肥大成長を繰り返して太っていくので,細りのついた形状をとります。その結果,樹木をキャンチレバーとみたとき,樹冠で受けた風圧モーメントよる曲げ応力は根元で最大にならず,幹の高さ方向で,比較的均一に分布することになります。また,葉をつける樹冠部分の枝は細く剛性が小さいので,強風に対してしなって風圧を受けない構造になっているといえます。
第二に,樹体の重心が根系の上にくるように,樹幹が傾いたときに,あて材という組織を針葉樹では樹幹の下側,広葉樹では上側に形成して,樹幹を鉛直に立て直す修復成長機構を備えています。重心が根系の上からはずれると自重による転倒モーメントが作用して根系に負担をかけるからです。あて材について説明すると長くなるので,ここではやめておきます。
このほか,高齢の樹木では心材の腐朽が生じることがありますが,これらの腐朽は樹幹の芯に近いところに生じるので,腐朽が進展してうろ(空洞)が大きくなっても,樹幹の曲げ強さにはあまり影響が大きくありません。これも樹木構造の強度的合理性の例に挙げられるでしょう。
以上のように,樹木は細胞レベルと樹形レベルのどちらにおいても,軸材料として合理的な構造をとっているといえます。樹木構造を建築に生かす試みについてはよく知りませんが,たとえば,木部細胞の中空パイプ構造を模したものとして紙管建築を挙げることができるかもしれません。

小泉 章夫(北海道大学大学院 木材工学研究室)
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2007-05-14
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