質問者:
その他
わたる
登録番号0126
登録日:2004-09-03
先日、中学生の息子から次に様な質問を受けました。塩害について
「植物に塩水をあげると枯れてしまうらしいんだけど何で?」
答えられませんでした。
ネットで検索しましたが、はっきりとした答えは見つかりませんでした。
なぜ塩水は植物に有害なんでしょう?
おしえてください。
わたる様
ご回答が遅れてしまい申し訳ありません。
ご質問についてですが、植物にとって塩水の害は二通り知られています。一つは、植物細胞の外の塩分濃度(この場合はNaCl濃度)が上昇すると、塩分の一部が体内に入ってきて害をなすことによります。ご存知のように植物細胞も動物細胞と同様、細胞内のNa濃度やCl濃度はけっして高いものではありません。特にNaについては細胞内でNaを必須とする反応はほとんど知られておらず、これらのイオンの濃度が上昇することは、細胞内のイオン環境の悪化につながるだけです。動物がNaClを必須イオンとしているのは、栄養塩の取り込みや細胞膜電位形成、あるいは浸透圧の維持まで様々ですが、植物(特に陸上高等植物)においてNaを必須としているものは極めて限られた植物だけであり、植物の必須栄養塩の中にはNaは含まれません。
もう一つは、細胞外の塩分濃度の上昇は、細胞内外の浸透圧差の減少につながり、細胞の生育にとって最も重要な水の吸収を阻害します。水は、植物細胞膜を介した浸透圧差に従って細胞内に入ってくることが知られていますが、細胞外の塩分濃度が高くなると、その差が小さくなるため必要なだけの水が入って来なくなるということになります。
今回の台風で、多くの街路樹が塩水により害を受けたのも、この二つの作用による点が大きいと思われます。
海辺に生えている植物や、海中の藻類などは、このような海水の阻害作用に対処するために、一つは細胞内に入ってきたNaやClを細胞外に排除する機構を持っています。また、植物細胞は、主な生命活動の場である細胞質とは別に、液胞という巨大な細胞小器官を持っており、この液胞には有害な物質をため込むことができることも知られています。細胞外に排出しきれない場合は、細胞質にある塩分を液胞に移して、生命活動を持続させることもできます。また、浸透圧差の減少を補うために、細胞内に低分子の有機物を合成して細胞内の浸透圧を上昇させ、水の吸収能力を回復させる機構も知られています。
この塩分に強い植物が塩水に対処する機構を研究し、そこに働く遺伝子を取り出して、そのような能力の弱い植物に導入することで、塩水に強い植物を作成しようとする研究も多数試みられていて、すでに多くの成功例が報告されています。
現在地球上の多くの耕地では、灌漑などのために塩分濃度の上昇が生じ、近い将来に多くの耕地で塩害が生じる可能性が示唆されています。また、増え続ける人口増加に追いつくだけの食料を生産するために、これまでは耕作不適とされていた海岸近くの土地へも農地を拡げる必要に迫られています。これらの新しい技術で開発された作物が、人類社会の維持に重要な役割を果たすことが期待されています。
下の本は、少し古い出版ですが、植物と塩の関わり合いが良く説明されています。ご参考になれば幸いです。
生命にとって塩とは何か(自然と科学技術シリ-ズ ) 土と食の塩過剰
高橋英一 著 /農山漁村文化協会
ご回答が遅れてしまい申し訳ありません。
ご質問についてですが、植物にとって塩水の害は二通り知られています。一つは、植物細胞の外の塩分濃度(この場合はNaCl濃度)が上昇すると、塩分の一部が体内に入ってきて害をなすことによります。ご存知のように植物細胞も動物細胞と同様、細胞内のNa濃度やCl濃度はけっして高いものではありません。特にNaについては細胞内でNaを必須とする反応はほとんど知られておらず、これらのイオンの濃度が上昇することは、細胞内のイオン環境の悪化につながるだけです。動物がNaClを必須イオンとしているのは、栄養塩の取り込みや細胞膜電位形成、あるいは浸透圧の維持まで様々ですが、植物(特に陸上高等植物)においてNaを必須としているものは極めて限られた植物だけであり、植物の必須栄養塩の中にはNaは含まれません。
もう一つは、細胞外の塩分濃度の上昇は、細胞内外の浸透圧差の減少につながり、細胞の生育にとって最も重要な水の吸収を阻害します。水は、植物細胞膜を介した浸透圧差に従って細胞内に入ってくることが知られていますが、細胞外の塩分濃度が高くなると、その差が小さくなるため必要なだけの水が入って来なくなるということになります。
今回の台風で、多くの街路樹が塩水により害を受けたのも、この二つの作用による点が大きいと思われます。
海辺に生えている植物や、海中の藻類などは、このような海水の阻害作用に対処するために、一つは細胞内に入ってきたNaやClを細胞外に排除する機構を持っています。また、植物細胞は、主な生命活動の場である細胞質とは別に、液胞という巨大な細胞小器官を持っており、この液胞には有害な物質をため込むことができることも知られています。細胞外に排出しきれない場合は、細胞質にある塩分を液胞に移して、生命活動を持続させることもできます。また、浸透圧差の減少を補うために、細胞内に低分子の有機物を合成して細胞内の浸透圧を上昇させ、水の吸収能力を回復させる機構も知られています。
この塩分に強い植物が塩水に対処する機構を研究し、そこに働く遺伝子を取り出して、そのような能力の弱い植物に導入することで、塩水に強い植物を作成しようとする研究も多数試みられていて、すでに多くの成功例が報告されています。
現在地球上の多くの耕地では、灌漑などのために塩分濃度の上昇が生じ、近い将来に多くの耕地で塩害が生じる可能性が示唆されています。また、増え続ける人口増加に追いつくだけの食料を生産するために、これまでは耕作不適とされていた海岸近くの土地へも農地を拡げる必要に迫られています。これらの新しい技術で開発された作物が、人類社会の維持に重要な役割を果たすことが期待されています。
下の本は、少し古い出版ですが、植物と塩の関わり合いが良く説明されています。ご参考になれば幸いです。
生命にとって塩とは何か(自然と科学技術シリ-ズ ) 土と食の塩過剰
高橋英一 著 /農山漁村文化協会
神戸大
三村 徹郎
回答日:2008-07-09
三村 徹郎
回答日:2008-07-09