一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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カルシウム過剰による鉄欠乏症状

質問者:   大学生   ピッピ
登録番号1281   登録日:2007-05-24
大学のゼミで「根の土壌環境への適応」というテーマについて調べているのですがある本に「アルカリ土壌に育つ植物はカルシウム過剰によって鉄欠乏症状が生じやすい。」という一説を見つけました。しかし、何故なのかは記しておらず他の本などからもわからなかったので詳しく教えてください。
宜しくお願いします。
ピッピ さま

降雨量の少ない地域では、土壌のカチオン、特にカルシウムが雨水によって溶脱されずに保持されているため、アルカリ土壌(pH 7<)が多くなります(同様に、ビニールハウス栽培を続けていると、雨水が土壌に入らずカチオンが溶脱しないためアルカリ性土壌になりやすくなります)。このような土壌から植物は比較的、多量のカルシウムを吸収するため、その含量が高くなります。しかし、カルシウムそのものは一般に少し過剰に吸収されても植物に障害を与えることはありません。
しかし、ご質問にありますように、アルカリ性土壌では植物に鉄欠乏症状が現れやすく、そのためカルシウム含量と直接に関係があるように思われることがあります。しかし、これは植物に吸収されたカルシウム量とは関係がなく、アルカリ性土壌では鉄イオンが植物の根によって吸収できなくなるのが大きな原因です。鉄イオンは植物のシトクロム、カタラーゼ、ペルオキシダーゼ、P450を初めとするヘム蛋白質、鉄イオウ蛋白質、その他多くの非ヘム鉄を含む酵素に含まれ、植物の生育にとって必須です。クロロフィールの合成にも鉄酵素が関与しているため、鉄欠乏に特異的な症状は葉の緑色が薄くなることです。
土壌(鉱物)は鉄を多量含んでいますが(〜5%)、植物が直接利用できる、水溶性の遊離の鉄イオンはあまり多く含まれていません。それでも普通の土壌では、植物の生育に必要な程度の水溶性の還元型の遊離鉄イオン(Fe(II))を含んでいます。しかし、アルカリ性土壌では次の原因で植物の根が吸収しやすい、水によく溶ける還元型の鉄イオン(II)が少なくなります。Fe(II)塩はアルカリ性(pH 7<)では水酸化鉄になりやすく、さらに酸化的な環境ではFe(II)が酸化されて植物に利用できないFe(III)の水酸化鉄、さらに、不溶性の酸化鉄になってしまいます。これが、アルカリ性土壌で鉄欠乏が生じやすい原因です。アルカリ性土壌でも還元的な環境であれば鉄イオンはFe(II)の状態にとどまっているため、例えば、土壌に充分に灌水して土壌中の酸素を少なくすれば、植物は鉄欠乏になりにくいのが一般的です。
以上、鉄は無機塩の形で土壌にあると考えてきましたが、植物の生えている土壌には植物の落葉を初めとする植物体、土壌微生物などの成分、代謝生産物などの有機酸、フェノール、その他の化合物があります。これらは鉄イオンに配位し、土壌ではこれらの鉄錯体も多量に存在しています。これら鉄錯体はアルカリ性土壌でも鉄の無機塩に比べ植物はある程度利用できますが、しかし、長期間の間には上に述べた過程で植物に利用できない酸化鉄になります。
植物の根はプロトンATPaseによってH+を放出して根の周りのpHを低下させて水溶性の鉄イオンを増加させる方法、鉄イオンを根の表面で還元しFe(II)にする方法、などによって鉄の吸収を促進しています。さらに、日本で高城が発見し、主に日本で研究が進められてきたムギネ酸も鉄の吸収に関与しています。根で合成されたムギネ酸は根の周りに放出され、そこでFe(III)に配位し、その錯体の形で根に吸収され、細胞内でFe(II)に還元され、植物に利用されます。これはイネ科植物の根がもっている鉄欠乏ストレスに対する対応です。このように、鉄が利用できないアルカリ性土壌で植物が生存するため、根圏を酸性化する、有機酸やムギネ酸を合成して鉄錯体とする、Fe(III)をFe(II)に還元するなどの方法で対処しています。
JSPPサイエンスアドバイザー
浅田 浩二
回答日:2007-06-04
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