一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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ダイコンのカタラーゼの性質について

質問者:   教員   sh-T
登録番号1289   登録日:2007-05-31
 酵素の性質について、以下のような実験を生徒に見せたところ、予期しない結果になり、解釈に困りました。(下記①と②の結果は、予期の反対でした。)
 原因をご教示くださるようお願いします。

ダイコンをおろし、お茶パックで濾して、酵素液とした。
試験管に、4%過酸化水素水を約2mlとり、酵素液を約0.3ml加えると、酸素が発生した。反応が収まるまで、数分間放置した。液の表面には、大粒の泡の層が約3cm残っている。(ここまでの試験管内の液を反応済み液とする)
反応済み液には、基質はなく、酵素は存在することを示すため、以下の操作をした。
①反応済み液に、酵素液を約1ml加えた。
 結果→細かな泡がたくさん生じた。
②反応済み液に、4%過酸化水素水を約2ml加えた。
 結果→特に、反応は起こらなかった。

 以上の実験は、室温で行い、冷蔵庫に保存していた過酸化水素水とダイコンは実験開始の2〜3時間前に室温中に取り出していました。

 ダイコンおろしがアルカリ性であることが、反応を促進したのかと疑い、pH試験紙で確認したところ、ほぼ中性でした。
sh-T さま

ダイコンの根に含まれるカタラーゼの測定についてのご質問ですが、ダイコンの細胞でカタラーゼは細胞小器官(細胞顆粒)であるペルオキシゾームに(時にペルオキシゾームの蛋白質の50%以上を占める)高い含量で局在しています。しかし、ペルオキシゾームは細胞の機械的な破砕に弱いためダイコンをおろす過程で、酵素液にカタラーゼの大部分が含まれていると思われます。ご存知のようにカタラーゼは活性酸素の一つである過酸化水素を不均化反応で消去し(2 H2O2 → O2 + 2 H2O)、細胞の酸素障害を防ぐ上で重要な酵素です。
最初に酵素液にH2O2を加えたときカタラーゼ反応によって酸素が発生しますが、予想外の二つの結果は共に、この間にカタラーゼがH2O2によって活性を失ったためと考えられます。①の結果は、最初の反応でH2O2がすべて消去される前にカタラーゼが失活し、そのため未反応のH2O2が反応済み液に(多量に)残存していたためと思われます。そこに新しい酵素液を加えるとそのカタラーゼによって酸素が発生したと考えられます。②の結果は最初の反応でカタラーゼが失活したため、反応済み液にH2O2を加えてもさらにカタラーゼ反応による酸素発生はなかったと考えれば説明できます。
最初の反応でカタラーゼがなぜ失活したかの第一の原因はここで酵素液に加えたH2O2の濃度が高かったためです。反応液でのH2O2濃度は、約3.5%, 1Mになりますが、カタラーゼはH2O2によって失活しやすいため、正確なカタラーゼの活性を求めるためには、ここで用いられた濃度の少なくとも1%, 10 mM以下のH2O2で、しかも、H2O2添加後、できるだけ短時間(1分以内)での酸素発生、または、H2O2の減少から活性を測定することが必要です。この程度の濃度でもH2O2によってカタラーゼは少しずつ失活するため、正確に酵素液のカタラーゼ活性を測定するため、短時間での測定(初速の測定)が求められています。
ところで、H2O2を消去するカタラーゼがなぜ基質そのものによって失活するのでしょうか。実際の細胞の中でのH2O2濃度は10 mMよりさらに数桁低い濃度に保たれています。10 mM H2O2でさえ細胞にとって危険であり、多くの酵素が活性を失い酸素障害を引き起こします。もちろん、カタラーゼもペルオキシダーゼと共に細胞内のH2O2を低く保つ上で大きく寄与していますが、それがうまくいかないでH2O2濃度が上昇するとカタラーゼが失活しさらに酸素障害が促進されることになります。
最初の反応でH2O2が完全に消去されたかどうかを証明するため、反応済み液を用いて①②の実験をされたと思いますが、このためには最初に加えるH2O2濃度を酸素の泡が観察できるぎりぎりの濃度に低くし、カタラーゼが失活する前にH2O2が完全に消去される条件にすることが必要です。H2O2を加えて泡が出るのはカタラーゼの検出には簡単で特異性の高い方法で、酵素の力を生徒さんに示すためにすぐれた方法です。岡山大学の高原先生が、世界で最初にヒトの無カタラーゼ症を見出されたのも、外傷をオキシフル(医療用H2O2)で消毒したとき泡が出ない患者さんがおられることに気づかれたのが、発見のきっかけでした。
JSPPサイエンスアドバイザー
浅田 浩二
回答日:2007-06-04