質問者:
大学生
eliss
登録番号1323
登録日:2007-06-27
植物の陸上に進化出来たのは、菌との共生がネックであるとは聞いたのですが、では高等植物体への進化に関しても共生菌が何らかに関係しているのでしょうか。植物の進化について
Atsattが1991年に唱えた説によると以下のことが主張されています。それは移送細胞と同じ形態が陸上植物と菌根菌が接する部位にもみられたから、植物の胎座の部位に移送細胞が起源したのは寄生菌に対する応答があったのではないかというものです。
このことに関して何らかの見解がもしありましたら是非教えてください。宜しくお願いします。
eliss様
自分の研究に直接関わることでなくても関心を広げることは研究者にとってとても大切なことだと思います。その態度はぜひ持ち続けて下さい。
質問に対して北海道大学大学院農学研究院根圏制御学分野の江沢辰広先生が回答を寄せてくださいました。Atsattの考えについては現在これを支持するようなデータは出されていないようです。
[回答]
「およそ4億年前、海洋に棲んでいた水生植物が乾燥した陸上の環境に適応する際、先に上陸していた菌類(カビの仲間)からミネラルや水分を得る共生システム-菌根-を確立したことが後の植物の大繁栄に繋がった」という学説(Simon et al. (1993) Nature, 363: 67-69)は、現在、植物と微生物の相互作用を研究する我々の分野では主流となっている考え方です。Atsatt の仮説は、原始的な植物(地衣類やコケ植物など)から維管束を持つ高等植物への進化の過程で(共生)菌類が関与した、というものです。
さて、質問と直接関係するAtsatt (1991)の論文は読んではいませんが、その学説の直接の根拠となっていると思われるAtsatt PR (1988) Are vascular plants "inside-out" lichens? Ecology, 69: 17-23. というエッセー(研究論文ではありません)について、若干、解説します。彼は紅藻類の中に他の藻類に寄生するものがいて、その形態が菌類に類似してい ることや、高等植物の組織には菌類と良く似た構造-花粉管は菌糸に似ている、篩管のように連結した細胞の形も菌類に特徴的なもの-があるなどの理由 から、高等植物は菌類の形質を獲得したことで進化した(生まれた)との仮説をEcologyという立派な雑誌に発表しています。ただ、根拠としている引用論文がどれも古く、当時の最新の知見に触発されて書いたもののようには思えま せんでした。また、その後にこれをサポートするような研究結果も発表されていません(信頼できるデータベース上には存在しないという意味です)。質問の中にある「移送細胞」なるものは、植物学の分野では使われない用語ですが、機能から推測するに篩管細胞のことかもしれません。
一方、1988年の上記論文の発表以後、彼は唯一 Atsatt PR (2003) Fungus propagules in plastids: the mycosome hypothesis. Int. Microbiol, 6: 17-26. を発表していますが、上記の仮説とはまったく関係がなく、様々な植物の色素体(例:葉緑体)の中にはある種の菌類(Auerobasidum pullulans)が、普段とは違った形態(小胞状)をとって住んでおり、「隠された生活環」を全うしている、というものです。イギリスの菌学会誌Mycological Reseachは、ニュース記事としてこの論文を紹介しており、その中で彼を 'Peter Atsatt, of the University of California at Irvine, is not new to producing thought-provoking questions.'(彼が思考をいらつかせる(刺激する?)仮説を生み出すのは今に始まったことではない)と評しています。
最新の生物学では、このような大胆な仮説を受け入れてもらうためには、遺伝学的な裏付け(たとえば、その菌の遺伝子が植物のゲノムや細胞の中に存在するか?)が必須ですが、それはちょっと期待できそうにありません。結論を言うと、菌類の形質(または遺伝子)が移行したことにより、原始的な植物から維管束植物が生まれたとする仮説には、根拠が乏しく、現在では支持している研究者はほとんどいないと思われます。
江沢 辰広(北海道大学大学院農学研究院根圏制御学分野)
自分の研究に直接関わることでなくても関心を広げることは研究者にとってとても大切なことだと思います。その態度はぜひ持ち続けて下さい。
質問に対して北海道大学大学院農学研究院根圏制御学分野の江沢辰広先生が回答を寄せてくださいました。Atsattの考えについては現在これを支持するようなデータは出されていないようです。
[回答]
「およそ4億年前、海洋に棲んでいた水生植物が乾燥した陸上の環境に適応する際、先に上陸していた菌類(カビの仲間)からミネラルや水分を得る共生システム-菌根-を確立したことが後の植物の大繁栄に繋がった」という学説(Simon et al. (1993) Nature, 363: 67-69)は、現在、植物と微生物の相互作用を研究する我々の分野では主流となっている考え方です。Atsatt の仮説は、原始的な植物(地衣類やコケ植物など)から維管束を持つ高等植物への進化の過程で(共生)菌類が関与した、というものです。
さて、質問と直接関係するAtsatt (1991)の論文は読んではいませんが、その学説の直接の根拠となっていると思われるAtsatt PR (1988) Are vascular plants "inside-out" lichens? Ecology, 69: 17-23. というエッセー(研究論文ではありません)について、若干、解説します。彼は紅藻類の中に他の藻類に寄生するものがいて、その形態が菌類に類似してい ることや、高等植物の組織には菌類と良く似た構造-花粉管は菌糸に似ている、篩管のように連結した細胞の形も菌類に特徴的なもの-があるなどの理由 から、高等植物は菌類の形質を獲得したことで進化した(生まれた)との仮説をEcologyという立派な雑誌に発表しています。ただ、根拠としている引用論文がどれも古く、当時の最新の知見に触発されて書いたもののようには思えま せんでした。また、その後にこれをサポートするような研究結果も発表されていません(信頼できるデータベース上には存在しないという意味です)。質問の中にある「移送細胞」なるものは、植物学の分野では使われない用語ですが、機能から推測するに篩管細胞のことかもしれません。
一方、1988年の上記論文の発表以後、彼は唯一 Atsatt PR (2003) Fungus propagules in plastids: the mycosome hypothesis. Int. Microbiol, 6: 17-26. を発表していますが、上記の仮説とはまったく関係がなく、様々な植物の色素体(例:葉緑体)の中にはある種の菌類(Auerobasidum pullulans)が、普段とは違った形態(小胞状)をとって住んでおり、「隠された生活環」を全うしている、というものです。イギリスの菌学会誌Mycological Reseachは、ニュース記事としてこの論文を紹介しており、その中で彼を 'Peter Atsatt, of the University of California at Irvine, is not new to producing thought-provoking questions.'(彼が思考をいらつかせる(刺激する?)仮説を生み出すのは今に始まったことではない)と評しています。
最新の生物学では、このような大胆な仮説を受け入れてもらうためには、遺伝学的な裏付け(たとえば、その菌の遺伝子が植物のゲノムや細胞の中に存在するか?)が必須ですが、それはちょっと期待できそうにありません。結論を言うと、菌類の形質(または遺伝子)が移行したことにより、原始的な植物から維管束植物が生まれたとする仮説には、根拠が乏しく、現在では支持している研究者はほとんどいないと思われます。
江沢 辰広(北海道大学大学院農学研究院根圏制御学分野)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2007-07-12
勝見 允行
回答日:2007-07-12