一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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CAM植物の酸素放出

質問者:   教員   鈴木
登録番号1341   登録日:2007-07-13
CAM植物は、昼間、気孔を閉じて光合成をしています。そのとき発生する酸素は、どうしているのでしょうか。そのまま葉の中に気体の状態で蓄えていると、光合成速度が二酸化炭素で10mg/葉面積100cmcm時間のとき、葉の厚みが、1時間で0.5mmほど厚くなる程度の酸素が発生します。考えられる可能性は、「①柔組織の細胞間隙をとおって根から外へでる。②葉や茎の表面から少しずつ外に出る。③細胞間隙に蓄えている。④酸素受容体に結合している。」等です。乾燥に適応しているので、②はなく、①と③と思いますが、実際はいかがでしょうか。
鈴木 様

CAM植物は一般に乾燥地に生え、葉が分厚い、サボテン科、パイナップル科、リュウゼツラン科、ベンケイソウ科、トウダイグサ科、熱帯の着生植物であるランなど18科以上にわたっています。CAM植物はベンケイソウ型有機酸代謝(Crassulacean Acid Metabolism)をもっていますが、最初にベンケイソウで、昼間に比べて夜になると葉が酸っぱくなるのが見つけられたため(へイン(Heyne)、1813年)、このようによばれています。
 
CAM植物の葉が夜になると酸っぱくなるのはリンゴ酸が原形質で合成されるためであり、このリンゴ酸は夜間に開いた気孔から吸収したCO2とC3(Phosphoenolpyruvate)とから、NADHを還元剤として合成されます。これに必要なC3とNADHは昼間に合成された糖、デンプンが利用されます。
 CO2 + C3 +  NADH → リンゴ酸 + NAD+
このように、水を余り失わなくてすむ夜間に気孔を開きCO2を取り込んで合成されたリンゴ酸は液胞に蓄えられます。朝になって葉が太陽にさらされると、夜間に合成されたリンゴ酸が液胞から細胞質に移動し、ここで次の反応でリンゴ酸からCO2を発生し、このCO2が葉緑体でC3植物と同じ機構(カルビン・サイクル)で固定されます。
 リンゴ酸 + NADP+ → CO2 + C3(pyruvate) + NAD(P)H
 CO2 + 3 ATP + 2 NADPH → (カルビン・サイクル) → 糖 + 3 ADP + 2 NADP+

CAM植物が生えている乾燥ストレスのきびしい環境では、昼間は温度が高く、湿度が低いため、CO2を吸収するために気孔を開くと貴重な水が細胞から失はれます。それを防ぐため、CAM植物はこのように夜間にリンゴ酸の形で溜め込み、昼間になるとCO2と同時に還元剤であるNADPHを葉緑体に供給しています。
葉緑体のカルビン・サイクルで1分子のCO2を固定して糖、デンプンを合成するためには、上式のように3分子のATP と2分子の NADPHが必要です。もし、乾燥ストレスがきびしく気孔を全く開かないときでも、葉緑体はATPを光化学系Iの循環的電子伝達反応によって酸素発生なしに生産できるため、リンゴ酸から生じたCO2のうち半分はリンゴ酸から生じたNADPHを用い、酸素発生なしに、固定することができます。

葉緑体チラコイド膜で光エネルギーによってNADPHを生産するとき、光化学系I, IIが協同的に働く必要があり、光化学系IIで酸素が発生します。CAM植物の葉緑体は(C4植物の維管束鞘細胞の葉緑体と異なり)光化学系I,IIを共に備えています。従って、葉緑体で1/2分子の酸素を発生して、不足している残り1分子のNADPHを補うことができれば、リンゴ酸に由来するCO2を全て糖、デンプンに合成することができます。すなわち、CAM植物は、C3植物と異なり、1分子のCO2固定に1/2分子しか酸素を発生しません。

さて、このような時、ご質問にあります発生した酸素をどこに逃がすのかが問題になります。葉の細胞内の酸素濃度が大気濃度よりも高くなれば光呼吸によるCO2固定産物の損失がさらに大きくなり、一方、活性酸素による障害も大きくなって葉緑体の光阻害の原因になります。従って、発生した酸素を葉の細胞からできるだけ速やかに直接、大気に放出する必要があり、①根からの放出、②茎の表面からの放出、③細胞間隙に蓄えるなどは、何れも葉の細胞の酸素濃度を高めるため、これらの可能性は非常に低いと思います。また、④の酸素受容体としてヘモグロビンのようなものを考えられていると思いますが、植物では窒素固定をしている根粒のレグヘモグロビン以外に、酸素の受容体、輸送体は見つかっていません(本質問コーナー、登録番号1256への回答参照)。従って、周りの環境が厳しく気孔を全く開くことができない場合、②の葉の細胞から大気中への透過の可能性はありますが、しかし、水を失わないように、水を余り透過させない構造をもつCAM植物の原形質膜、細胞壁、表皮細胞などを酸素が透過しやすいとは思えません。

以上のようなことから、水を失わないことを宿命づけられているCAM植物は、気孔を開くことができない環境では、非常に消極的ですが、リンゴ酸からのCO2, NADPH, 酸素を発生しないで光化学系Iの循環的電子伝達反応で生産できるATPによって光合成CO2固定を行っていると思われます。しかし、CAM植物の葉緑体が光化学系I, IIを備えていることから、少しでも水があり、気孔を開くことができる環境(早朝など)では、酸素を発生してNADPHを生産し、光合成CO2固定の増加を図っていると思われます。CAM植物は2度のCO2固定反応などのエネルギー損失のため、また、酸素をどんどん発生してNADPHを生産できないため、光合成植物のうちで成長速度は最も低くなっています。
JSPPサイエンスアドバイザー
浅田 浩二
回答日:2007-07-26
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