一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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FR(遠赤色)光の徒長効果について

質問者:   大学院生   ピコ
登録番号1421   登録日:2007-09-10
はじめまして。
現在大学院で光質の野菜(ミニトマト)に及ぼす影響を研究しています。
光質のうちでFRを用いているのですが、栽培実験では有意に胚軸の節間長を増加させました。
一般的にも「赤色領域の光の透過量(R)と、遠赤色領域の透過量(FR)の比率(R/FR比)が小さいと植物の節間が伸長し、逆に大きいと節間の伸長が抑制される」とされているので納得です。
でもここで疑問が生まれました。
この伸長は、細胞数の増加によるものでしょうか?
それとも、個々の細胞の拡張によるのでしょうか?
どこで調べても見つからなかったのでご存知の方、教えていただけますでしょうか。
どうぞよろしくお願いします!
ピコ 様

本コーナーに質問をお寄せ下さりありがとうございました。
少し遅くなりましたが、ご質問には神戸大学大学院の七條千津子先生から詳しい回答をいただきました。ご参考にして下さい。

(七條先生からの回答)
先ずは、用語について忠告させていただきます。質問文中の「透過量」はこの場合には不適切です。Canopyを透過してくる太陽光についてなら「透過量」でよいですが、あなたの実験の場合には「赤色光領域と遠赤色光領域の光強度比(R/FR fluence rate ratio)」とすべきです。

植物の茎の成長は、細胞の数と個々の細胞の体積の増大によって起こりますが、細胞の数だけ増えても細胞の長さや体積の増大が無ければ成長は起こり得ません。頂端分裂組織で増殖した小さい細胞群は葉や節間に分化しますが、これらは小さいまま相当の期間Apexに留まっています。このとき個体の背丈の伸びに寄与しているのはかなり以前に形成され、今正に成長期に入った節間の伸長ですが、この部域における長軸方向の細胞の増殖は大方終わっています。従って一両日程度の短い期間における個体の伸びは主として節間を構成する細胞の伸長によると言わねばなりません。

光環境のR/FR ratioによる成長変化も短期間の効果に限定すれば、主として細胞の体積または長さの増大によるものと推定されます。細胞数の増加に基づくものと考えることはできません。R/FR比の異なる光環境が茎の伸長を制御することを初めて明らかにしたMorgan & Smith (1976, Nature 262, 210-212)の論文でも、第3葉まで成長したシロザの芽生えを実験に用いていますが、背丈の増大は節間の伸びによるものです。

R/FR光環境の変化の影響の時間的推移も上の推論を支持します。暗黒で育てたエンドウ芽生えのRパルスによる成長抑制はやはりフィトクロムを介して起こる現象ですが、パルス開始約20分後にはその効果がはっきり認められ、パルス終了6時間後には減少し始めています(例えばNoguchi H & Hashimoto T, 1990, Planta 181, 256-262)。このように光環境変化の影響が速やかに現れることは細胞増殖の促進や抑制が主な役割を演じているとは考え難いように思えます。

長期間曝露、あるいは曝露終了後長期間経って現れる影響については、細胞数の変化が成長の変化に寄与する可能性を否定することはできません。このような可能性については殆ど検討されていませんし、調べてみると面白い発見があるかも知れません。しかし細胞分裂が促進され細胞の数が増え、それが成長に影響を与えているかどうかを証明するのはなかなか難しそうですね。芽生えは貯蔵栄養を使い果たして自ら行う光合成によって成長する段階に入りますので、比較する光環境間で光合成を等しくする必要があるでしょう。その上でR/FRを変えて、1)頂端分裂組織の細胞分裂像の数の比較、2) 細胞の長さの平均値と節間または茎全体の長さとの比率の比較(細胞が増えればこの値は小さくなる)。これ以外にも色々な面白い方法があるかも知れません。考えて見てください。

七條 千津子(神戸大学大学院・理学研究科 生物学専攻)
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤 公行
回答日:2007-09-28