一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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葉が緑なのは?

質問者:   大学生   い―ま
登録番号1465   登録日:2007-11-11
初めまして。
私は今、なぜ葉が緑なのかを調べています。
葉の中の葉緑体が緑であるのは知られていることですが、
葉緑体が緑になったわけが、どうしても分りません。
様々な光合成色素がある中で、なぜクロロフィルaとbが主な色素となったのでしょう?
調べていく内に、光合成では一般的に青色光と赤色光が使われていますが、緑色光も使われていることを知りました。
ではなぜ青色光と赤色光よりも、緑色光は光合成に使われなくなったのでしょう?
いろいろな本を読んだのですが、そこまでは載っていませんでした。。

ぜひ回答・解説をよろしくお願い致します。
い―ま さん

貴方の専攻されている学問分野にかかわる重大な疑問ですね。
もし陸上の植物が緑色の光をも吸収するとすれば、野山は灰色に見えることでしょう。ご質問の核心部分についてお答えできるかどうか分かりませんが、問題を整理してみたいと思います。

本論にはいる前に、先ず、光合成の色素系について説明させていただきます。
光合成色素は、(A)太陽から降り注ぐ光を集めるアンテナの役割を担う“光捕集系(集光系またはアンテナ系とも呼ばれる)”と、(B)集められた光のエネルギーを使って酸化還元反応(光化学反応)を駆動する“光化学反応中心”において役割を演じています。ただし、“光化学反応中心”において機能する色素分子の数は“光捕集系”で働く色素分子の数に較べて数十分の一から数百分の一と少ないので、私たちの目に触れる植物の葉の色は、実際上、“光捕集系”を構成している色素の色であると言えます。

ところで、地表には可視光線(ロドプシンなどの視物質が吸収する光)を中心とする幅広い波長の電磁波(光)が降り注いでおりますので、太陽の光エネルギーを光合成に有効に利用するためには、可視光線の全波長領域を吸収する色素があると好都合です。理想的には、黒色の色素と言うことになります。しかし、現実に、緑色植物である陸上植物の“光捕集系”を構成している色素は、クロロフィルa、クロロフィルb、それにカロテノイド(カロテン、キサントフィル)で、大まかに言って、これらのクロロフィルは青色光と赤色光を、カロテノイドは青色から緑色にかけての光を吸収します(詳しくは、吸収スペクトルでご確認下さい)。なお、補足的に説明すると、生体内ではクロロフィルの殆どすべてはタンパク質に結合して存在しており、タンパク質との複合体の形で存在するクロロフィルは、エーテルなどの有機溶媒中に単分子として存在する場合に較べて、幅広い波長範囲の光を吸収することができます。また、緑色植物の“光捕集系”を構成するクロロフィルbやカロテノイドであるルテインなどは、クロロフィルaとは異なる波長領域の光を吸収することが出来ますので、全体として、太陽から到達する幅広い波長範囲の光が光合成に利用出来るような仕組みになっております(吸収された光エネルギーの伝達効率の問題や、光合成系に含まれる二つの光化学系の間のエネルギー分配のバランスの問題もありますが、ここでは触れないことにします)。

上に述べたような仕組みにも関わらず、陸上植物においては、可視光線の中心付近の波長で、最も光強度の大きい領域の光が光合成には有効に利用されていないことは、ご指摘のとおりです。もっとも、上に述べたクロロフィルaやクロロフィルbなどの光合成色素が緑の波長領域の光を全く吸収しないわけではありませんが、その吸収効率が非常に低いことは確かです。一方、クロロフィルの吸収する赤色光が到達し難い海中の環境などに適応して生活している藻類の中には、このような陸上植物とは大きく異なる色素組成を持つものが多数存在しております。例えば、シアノバクテリア(藍藻)や紅藻などでは、フィコビリンと呼ばれる色素タンパク質が“光捕集系”を構成しており、緑色領域にまたがる波長の光を効率よく光合成に利用しております。実際、これらの植物の中には黒っぽく見えるものもあります。更には、緑に近い波長領域の光をも吸収できるクロロフィルcを含む別の系統の藻類(褐藻など)もあります。また、ある種のシアノバクテリアにはクロロフィルaよりも長波長の光を吸収するクロロフィルdが含まれており、これが“光捕集系”と“光化学反応中心”の両方で機能しているなど、多様性に富んでいます。いわゆる光合成細菌(狭義の光合成細菌)には、赤外線に近い長波長領域の光を吸収する別の種類のクロロフィル(バクテリオクロロフィルなど)が含まれていることについても触れておきます。

では、何故、クロロフィルaとクロロフィルbを備える緑の系統の植物が陸上で生活するようになったのでしょうか。
上に述べた多様な色素を含む藻類の場合とは対照的に、シダ植物・コケ植物・裸子植物・被子植物など、陸上で生息する植物の圧倒的多数は緑色をしております。最近の研究によると、進化的には、これらの緑色植物は、クロロフィルaとクロロフィルbを“光捕集系”色素として備えているある種の緑藻に起源するものと考えられています。したがって、現存の陸上植物が緑色の光を有効に利用できない理由は、ただ単に、進化の歴史によるものと考えることができるのかも知れません。それにしても、緑色をした植物が陸上に進出してくることに成功したのは、その光合成系の仕組みとは無関係に、例えば、受精卵を保護するための仕組みの発達に優れていたことなどの理由があったのかも知れません。しかし、他方で、光合成の“光捕集系”の色素組成の特徴に何らかの原因があったと考えることも出来ますので、この問題(何故、葉が緑なのか?)の解明は今後に残されている課題だと思います。この問題に関連して注目しておくべきことは、例えば陸上植物において、光合成の“光捕集系”色素による吸収を避けるような形でクロロフィル以外の色素が太陽の光を吸収し、光合成系そのものの制御をも含めて、植物の生存のために必要な生理過程に関係している事実があることです。
以上で、私の回答(答案)とさせていただきます。
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤 公行
回答日:2007-12-07