一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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DNA量と大型化

質問者:   一般   広島犬
登録番号1571   登録日:2008-03-23
最近、シロイヌナズナなどのアブラナ科の植物では「核内倍加」とよばれる現象がみられることを知りました。「核内倍加」に関する論文を何本か読んだところ、「核内倍加により核DNA量が増加すると、細胞体積が増大する」とのデータが示されていました。
また、一般的に、倍数体は通常の二倍体に比べて大型化する傾向があることが知られています。
そこで、基本的な質問なのですが、「核内倍加」や「倍数体」のように、細胞内のDNA量が増加すると、細胞や植物体が大きくなるのはなぜでしょうか?
細胞や植物体が大型化するという現象については多く報告されているのですが、なぜ大型化するのか?というしくみに関する研究や論文が見当たりません。参考になる書籍や論文等がありましたら、ご教示ください。
広島犬さん:

みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
「DNA量と大型化」に関するご質問の回答を、この方面の研究を専門にしておられる東京大学の塚谷裕一先生にお願いし、以下のような解説をいただきました。今、世界で問題とされている課題でもあり、これから新しいことが次々と判ってくるでしょう。

広島犬さま
ご質問ありがとうございます。
核に含まれるDNA量が増えると細胞が大きくなるのはなぜか、ということですが、これはじつは誰も答を知りません。論文がほとんどないのも当然です。あとで述べるように、諸説はありますが、未決着です。
ちなみに、細胞が大きくなると共に個体も大きくなるのがふつうですが、個体サイズに関しては例外もたくさんあります。例えば植物ですと、1930年代後半から1940年代にかけて、多くの植物種で倍数体の作出が試みられた結果として、同じ遺伝子セットを持った状態を保つ限り、2倍体より4倍体が、4倍体より6倍体が大きい、という一般則があるらしいということが知られています。しかしじつは、8倍体よりさらに大きな倍数体をつくって、核あたりのDNAを多くしても、個体サイズの大きさは頭打ちか、むしろ小さくなってしまうことが知られています。これは動物でも似たことが知られていて、倍数体のサンショウウオとかマウスを作ってみますと、細胞は大きくなるのですが、器官や個体のサイズは(同じ齢で比較すると)変わらない、ということがやはり報告されています。ですので、この件は完全にミステリーです(核あたりのDNA量が多すぎると、細胞分裂に負担になるので、細胞数が減る結果だとする意見もありますが、それを正しいとすると、後述のようになぜ細胞が大きいかが説明できなくなります)。
さて細胞のサイズの方に戻りましょう。なぜ4倍体の細胞は2倍体の細胞より大きいのか、よくある「説明」は、DNAが多ければmRNAも多くなり、タンパク質も増えるので原形質の量も増える、だから細胞も大きくなる、というものです。ところが核のサイズを測った人がいて、調べてみると、倍数性が2,4,6,8と増えて行くにつれて、核 のサイズも大きくなるのはなるのですが、直線的な比例にはならないということが見いだされています。ですから、そんなに単純ではないと思われます。
また先の説明が正しければ、細胞の大きさに異常を示す変異体をいろいろ集めて、それぞれ4倍体にしてみた場合、どんな場合でも2倍体の時と4倍体の時の細胞の大きさの比が同一(体積で2倍)になるはずです。これはわたし自身がやってみた実験です。その結果は期待と異なりました。遺伝的背景に応じて、その比が変わるのです。
ですから、やはり単なるDNA→mRNA→細胞体積ではないと思われます。
また4倍体は2倍体より細胞分裂の速度がゆっくりになる傾向があることが知られています。もしDNAの量に比例してmRNAやタンパク質の量が増えるのなら、細胞分裂にかかる時間は増えないのではないでしょうか。例えばDNAを複製するのにかかる時間は、DNAの長さが倍になれば倍になりそうに思えるかもしれませんが、複製酵素の量も同じく倍になっているのならば、所要時間に変化はないはずです。
そのように考えてみますと、倍数性に伴って細胞の大きさが変化するのは、何かまだ知られていない仕組みによるものだ、と考えた方が良さそうです。そこで、倍数性に応じてじつは遺伝子の使い方が異なっているのではないかと考え、その違いを見つけだす試みが、現在、世界各地で多数なされています。ところが今のところ、酵母を使ってScience誌に報告された怪しいデータ以外、そういうものが確かにあったという報告はありません。その後、酵母でもそんな違いはなかったという報告もあり、混沌としています。まったく不明という状態です。是非、このなぞに挑戦する人が増えて欲しいと思っているところです。

塚谷 裕一(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻)
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2008-04-04
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