一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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全縁率

質問者:   大学院生   みーちゃん
登録番号1616   登録日:2008-05-15
古環境の推定に全縁率を用います。そこでは、全縁率が低いと気温が低く、高いと気温が高いとされています。つまり、寒い地域(気候の所)に鋸歯葉が多く、暖かい地域(気候の所)に全縁葉が多いと考えられますが、なぜですか?植物にとっての利点などあるのですか?
みーちゃん さん:

みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。

鋸歯/全縁の比率は地質学で利用されているようですが、植物生理生態学の問題で、その分野をご専門の東京大学大学院の寺島一郎先生に伺いました。自分の研究課題に関係する文献はできるだけ自分で探すようにしましょう。

質問にそのものズバリとこたえる原著論文があります。
J.A. Wolfe (1978) A paleobotanical interpretation of tertiary climates in the northern Hemisphere. American Scientist 66: 694-703.
この中に、東アジアの様々な湿潤な広葉樹林において、全縁葉の樹種の割合と年平均気温の関係を表す図がでてきます。温度が高くなると全縁葉の割合が高くなるというきれいな直線関係が示してあります(全縁率 10〜85%、年平均気温5度〜28度)。二次林や、針広混交林のデータではこうはならないと書いてありますが、それにしても驚くべき直線関係です(はっきりわかりませんが、このデータには、北海道大学の棚井先生の貢献が大きいようです。残念ながらこれを調べる時間がありません)。この論文は、この関係を利用して、化石から過去の気温を推定するというのが主題です。

森林生態系の優占種を思い浮かべれば、南から、タブ、スダジイ、マテバシイ、ウバメガシ、アカガシ、アラカシ、シラカシ、ブナ、ミズナラ、カンバのなかま・・・というように並べることができます。アラカシやシラカシには鋸歯はあるものの、落葉樹の方が鋸歯が明瞭なものが多いことに気づきます。ちなみに、保育社から出ている尼川大録・長田武正共著、検索入門には、単葉のうち、常緑の全縁葉が43種、落葉の全縁葉が39種、常緑の鋸歯葉が32種、落葉の鋸歯葉が106種掲載されています。

鋸歯を持つ意義としては、まず、葉面境界層が薄くすることがあげられます。葉面境界層とは葉の周りの空気のよどみで、薄ければ薄いほど、ガス交換に有利です。鋸歯によって空気の渦ができると、空気のよどみがかき混ぜられることになり、平均境界層は薄くなります。これにともない、光合成速度は上昇しますが、蒸散速度も上昇することになります。短い期間に効率よく光合成生産を行うには、都合のよい性質でしょう。一方、鋸歯葉には、ちぎれやすくなるなど、力学的観点からは問題もあります。これらを勘案すると、短期間で光合成生産を行う落葉樹の葉は鋸歯を持つのが有利といえるかもしれません。

切れ込みが深くなると鋸歯ではなく裂片とよびます。境界層の厚さは葉のサイズに依存し、葉のサイズが大きいほど厚くなります。同じ面積の葉に裂片があるのとないのとでは、裂片を作る方がはるかに境界層を薄くすることができます。また、全縁の葉は大きな本影(太陽は点光源ではないので、影にも本影と半影がある)を作りやすく、下の葉が本影を避けようとすると、その葉よりもずいぶん下に位置する必要があります。裂片や大きな鋸歯があると、下に本影が出来にくくなりますので、それほど下に位置する必要がありません。このように、裂片や大きな鋸歯には、光環境を平均化するという利点もあります。

寺島 一郎(東京大学大学院理学系研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2008-05-26