一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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有性生殖と無性生殖の区別

質問者:   教員   額鷹
登録番号1654   登録日:2008-06-13
 玉石混交のインターネットの中、確実な知識を得られる場として、感謝しつつ利用させて頂いています。

 さて、今回、おたずねしたいのは、有性生殖と無性生殖の区別の基準です。

 以前は、配偶子の関与を基準とし、配偶子が関与する方法を有性生殖、配偶子が関与しない方法を無性生殖としていたと記憶しています。

 この考え方の場合、動物の単為生殖は“有性生殖”の特殊なパターンということになると思います。
 しかし、東京大学生命科学教科書編集委員会編『理系総合のための生命科学』(羊土社)では、動物の単為生殖が“無性生殖”の事例として説明されています(同書p.29)

 栃内新・左巻健男編著『新しい高校生物の教科書』(講談社ブルーバックス)のp.166に「有性生殖と無性生殖の定義」という解説コラムがあり、「最近の生物学では有性生殖を『親個体とは遺伝子の組合せが異なる子をつくる生殖』、無性生殖を『親と同一の遺伝子を持つ子をつくる生殖』と定義するようになって」いるという記述があります。

 ということは、有性生殖と無性生殖を区別する学問的な基準が変わったと理解してよいのでしょうか?
 その場合、胞子をつくる生殖が二つに分かれ、カビの分生子形成は無性生殖、真正胞子形成は有性生殖という分類になるという理解でよいでしょうか?

 少々、細かい質問ですが、高校生が混乱しやすい部分ですので、よろしくお願いします。
額鷹さま

みんなのひろばへのご質問有難うございました。頂いたご質問の回答を東京大学の塚谷裕一先生にお願いいたしましたところ、以下のご回答をお寄せ下さりました。塚谷先生のご回答の中にもありますように、このような本質をつくご質問を下さり有難うございました。

柴岡 弘郎(JSPPサイエンスアドバイザー)


額鷹さま

本質的な質問、ありがとうございます。
私としてはこの問題は、以前の高校の教科書での記述が間違っていたのだと思っています。じつはこの点は、わたし自身、ある会社の高校の教科書を執筆する機会があり、そのときに「おかしいな」と思った点でもあります。それまでの教科書は、他の会社のものも含め、胞子生殖はすべて無性生殖としているものが多かったのですが、これはご指摘の通り、明らかに間違いです。仰るとおり、「カビの分生子形成は無性生殖、真正胞子形成は有性生殖という分類」が正解です。シダの胞子生殖も、基本は有性生殖です。
この判断基準は、生殖細胞を作る際に、遺伝子セットの組み換えがあるかどうかです。減数分裂を経ていれば、確実にゲノムのセットの内容が再編されますので、すべて有性生殖です。この基準は、生物学の現場では昔からこの基準で変わったことはないと思います(一部の図鑑などでは混乱があったように思います)が、教科書では上記の通り、ある時まで間違っていました。一度、ある記述が教科書検定をパスしますと、下手にいじることが不安材料となります。そのため、一度、間違った記述が検定を通過してしまうと、そのまま長いこと手が付けられない状態になるといった問題があり、この件もそれだったのではないでしょうか。
ちなみに教科書検定は、間違った記述をチェックするわけですが、その際、間違いの重大さを基準とするわけではなく、間違いの数だけが重視されるので、伝統的に検定を通って代々伝えられてきた定番の記述に関しては、腫れ物に触るような扱いとなりがちです。私がここの記述を書き直したときも、編集部で「本当に大丈夫ですね」と念を押されたことを記憶しています。
また生殖に関して当時、高校教科書の記述で気になったことがもう一つあります。無性生殖の例として、酵母の「出芽」とヒドラやイソギンチャクの「出芽」を同レベルのものとして扱っていた点です。しかしこれは単細胞レベルの事象と、組織や器官の分化を伴う高次な事象とを同一レベルで扱うことになり、明らかにヘンです。言葉は確かに同じですが、中身は違うものとして教えるべきではないかと思っています。ついでで恐縮ですが、この際と思い、付記しておきます。
それにしても、額鷹さんのような熱心な先生がいらして、幸いです。高校の教科書の執筆に携わった際、編集部に寄せられる数々の苦情について伝え聞く限りでは、現場には、生物学の知識が全くない方が多数、生物の先生として教壇に立っていることがうかがわれ、暗澹とした気持ちになったことを思い出します。そんな高校ばかりではないと信じていましたが、このような大事な質問をしてくださる先生がいらっしゃるという事実には、救われる思いです。ぜひこれからも、良質の講義をなさっていってください。

塚谷 裕一(東京大学大学院理学系研究科教授)
JSPPサイエンスアドバイザー
柴岡 弘郎
回答日:2008-06-23
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