一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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草木の色素とその役割、及び金属イオンとの関係

質問者:   自営業   そめびとかほ
登録番号1664   登録日:2008-06-22
長い間、草木からの染めの仕事をしています。毎日たくさんの種類の草木(主に葉を)煮出しては白い布に染めつける生活です。始めは単純に違う色を楽しんでいましたがその内、植物のことをもっと知りたいと思うようになりました。質問はいつもの仕事から生まれたものです。きちんとした知識として捕らえて、これからもきちんと植物と向き合って行きたいと思います。また子供たちへきちんと伝えて行きたいと思っています。(おおまかな植物の仕組みは読んでいます。)

1 水で(葉や茎部分を)煮出した植物の(葉緑素ではないこの色素は)植物のどの位置関係にあるのか?
2 その色素は植物にとってどんな意味があるのか?
3 アルカリ水で煮出すと緑色が出るものと全くでないものがあるのは何故か?
  (アルカリ水から煮出した緑色と葉緑素とは無関係のような気がします。)
4 媒染の時の金属イオンと色素の関係で、
  鉄には(タンニン分にですね・グレーか黒っぽいなる)、アルミ系では(だいたいが黄色系統)、銅では(赤や緑や茶の濃いもの)、クロムでは(オレンジ系統)と言うふうに決まって発色して来ます。
  それは金属イオンとそれぞれの色素とがくっつきやすい性質を持っているからだろうということは見れば分りました。そしてくっつき合いをやってるうちにだんだん色が濃くなると言う原理も分りました。  
  そんなふうに昔から、金属イオンと草木染がいつもくっついているのは道理あってのことなのでしょう。
  では、その道理とはどういうことなのでしょう?
  植物色素に対してなぜ金属イオンなのか?
  植物の暮らしと大きく結びついているのでしょうか?
  そこを知りたいと思います。
5 黄色成分を多く持っている木、糖質の多い赤の色素を多く持っている木、タンニン分を多く持っている木、緑色素を多く持っている木、反対に何色も持っていなくて無色に近い木、様々です。
  でもそれにはちゃんとそれなりの「木の理由」があるはずだとは思います。
  その辺の事も知りたいと思います。
そめびとかほ さま

頂いたご質問は広い範囲にわたっていますが、ご質問の順にお答えします。

1)、2):植物の色素は色のついた組織に分布していますが、ヒトの目には見えない紫外線を吸収する色素もあります。これら色素は組織、細胞の中で均一に分布しているわけではありません。細胞小器官である葉緑体(色素体)(色素が光エネルギーを吸収し、このエネルギーを利用して二酸化炭素を固定する光合成が進行)には葉緑素、カロテノイドが含まれ、これらは水には溶けません。液胞(植物細胞の大部分の体積を占める)には多種類のフラボノイド(4,500種以上)、ベタレインなど、水溶性の色素があり、植物の花の多彩な色に見られるように、これによって花粉の運び屋としてのそれぞれ特定の昆虫や鳥を誘う役割をもっています。
 この例のように植物の色素はそれぞれ、組織、細胞内で別々のところに存在し、それぞれの役割を果たしています。しかし、植物組織を煮出しすると、細胞の構造が壊され、本来別々の組織、細胞内小器官にあった色素や他の成分が混合された状態になり、相互に反応するようになります。そのため、本来の植物の組織での色を初めいろんな色素の性質が変化します。脂溶性の葉緑素、カロテノイドは水に溶けないため、煮出し液にはこれらは含まれません。煮出しの条件―急速に水を沸騰させて処理するか、ゆっくり時間をかけて加熱するか-も影響があるでしょう。組織、細胞の中では相互に接触できなかった酵素が、温度処理によって細胞構造がこわされ、酵素と色素とが接触し酵素作用をうける可能性があります。ポリフェノールの酵素による重合(例えばタンニンの合成)、フラボノイドが配糖体として細胞にあったものが加水分解酵素の作用で糖が遊離するなどは、ゆっくり時間をかけて加熱した方がたくさんできるかも知れません(酵素にもよりますが、40〜50℃ 位までは酵素活性が高くなりますが、それ以上に高くなると酵素は失活します)。
葉緑体での色素と蛋白質との会合の役割について考えてみましょう。光合成に必須の葉緑素(Chl)は葉緑体の中では蛋白質と結合していますが、この葉緑素-蛋白質複合体は、太陽光エネルギーを捕捉, 変換するのに都合のよいようになっています。しかし、エタノールで葉緑体を処理すると、Chl-蛋白質複合体から蛋白質が外れChlのエタノール溶液が得られます。このChlエタノール溶液を太陽光に当てると、葉緑体の場合と異なり、Chlの緑色は短時間のうちに退色します。これは、蛋白質と結合していない遊離のChlは光照射を受けると、次のように反応性の高い活性酸素(一重項酸素分子, 1O2)が生じ、Chl分子が発生した1O2によってChl分子自身が酸化分解を受けて、退色するためです(自己光増感酸化反応)。
Chl + 光  --→ 3Chl* (励起3重項Chl)
3Chl* + O2 --→ Chl + 1O2
Chl + 1O2 --→ Chlの酸化分解(退色)
光に常にさらされている植物体で色素はこのような反応をできるだけ受けないような構造、状態で存在して光分解されるのを防ぎ、生理的機能を果たすようにしています。草木染色された布の光退色は合成染料の場合に比べ少ないように思えますが、これは常に太陽光にさらされている植物の色素は、自己光増感酸化反応ができるだけ生じにくい構造をもち、また、他の成分と会合して、光退色しないようになっているためと考えられます。

3):葉緑素(クロロフィール)はアルカリによって加水分解されると疎水性のフィトールが切断され、水溶性のクロロフィリドとなります。これが、煮出し液の緑色水溶性色素ですが、この切断はクロロフィラーゼによっても触媒されます。これらはアルカリの濃度、クロロフィラーゼの有無などによって影響されると思われますが、どのような植物を煮出しすると緑色の色素が見られ、どのような植物では見られなかったのでしょうか?

4):植物が生育するために土から吸収しなければならない元素は14種ありますが、媒染に利用されている金属イオンのうち、クロム、アルミニウムは植物の生育に必要ではなく、逆に、この2元素は多量にあれば生育を阻害します。鉄イオン、銅イオンは植物の組織、細胞の中では色素などと同じところに分布しているわけでなく、例えば、タンニンと鉄イオンが反応してできる色素は植物組織の中で生ずることはありません。鉄イオンは蛋白質と結合してその機能を果たしていることが多く、遊離の鉄イオンが細胞にはほとんどないこと、色素と鉄イオンの分布が、組織、細胞で異なるためです。銅イオンも鉄イオンと同様、色素と細胞内で相互作用している例はないようです。
アルミニウムイオンを必要とする生体反応はないため、植物の生育に必須の元素ではありませんが、チャ、アジサイなどアルミニウムによる生育阻害を受けにくい植物があります。アジサイの花の色がアルミニウムの吸収量によって影響を受ける場合があり、この場合、花弁の細胞内でアルミニウムが色素と結合しています。クロムイオンについては、現在までのところアルミニウムのような例はありません。
 これらの媒染に用いられている金属イオンは色素分子と配位結合することができ、色素分子との結合によって色素分子の電子配置に影響し、色調が変わります。金属イオン、色素分子の組み合わせによって、多彩な染色ができると思われます。色素分子そのもの、色素分子と金属イオンとの配位結合体の色調は酸性かアルカリ性(pH)によっても大きく影響されます。

5):上にいくつかの例について述べたように、植物の色素は、植物の成長に欠かせない光合成、また、次世代への引継ぎのための受精、紫外線の防御、葉緑体の可視光受光量の調節(春の新芽の表皮細胞に赤いアントシアニンができ、太陽光の強さを調節)など、(まだ解明されていない役割を含め)植物の一生の間に多くの、植物にとって欠かすことのできない多くの役割をもっています。多彩な色の変化によって人の目を楽しませ、生活に潤いを与えている植物色素はすべて植物の生存にとって欠かすことのできない役割をもっているはずです。詩的ではありませんが、植物自身の生存に必要のない、または、役立たない、人を楽しませるだけの植物色素はないと考えてよいと思います。
JSPPサイエンスアドバイザー
浅田 浩二
回答日:2008-08-19
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