一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物の再生力について

質問者:   一般   おかあさん
登録番号1694   登録日:2008-07-15
ある雑誌に,植物は痛みは感じないが,けがには実際反応する。けがをしたときは,植物はある化学反応の速度を速める。空気からより多くの二酸化炭素を取り込み,二酸化炭素は貯蔵養分をある物質に変えるために使用され,その物資はけがを治す新しい細胞をつくる。また,フェノールの生産を増やす。とありましたが,これは本当でしょうか。また,インターネットで調べようと検索したのですが,結果としてこれはというものはでてきませんでした。よろしければお教え下さい。
おかあさん へ

質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。さて、ご質問の内容に関してですが、どんな雑誌をお読みになったのでしょうか。書かれている内容が質問の通りだとすると、生半可な知識で専門用語を適当に使ってもっともらしいことをいっているのではないかと疑うほどお粗末且つ不正確な記述です。
質問のタイトルは再生力となっていますが、内容は癒傷のことなので、癒傷のことを説明しましょう。植物には特別な神経系はありませんので、もちろん人が感じるような痛みはありません。しかし、体に傷(物理的な傷、他の生物による食みなど)ができると、その場所の組織でさまざまな反応がおきます。
たとえば、植物の茎に切り傷をつけると、その傷の場所にはやがて新しい細胞が作られて傷んだ組織が修復されます。このようにしてできた新しい組織は癒傷組織と呼ばれ、細胞の塊なので通常瘤のようにみえます。植物の組織はおおよそどの器官からでもその一部を切り取って適切な条件で培養すると、細胞分裂がおきて細胞が増殖し、細胞の塊ができます。これをカルスと呼んでいますが、癒傷組織もカルスも同じです。個体の体の上にできるカルスが癒傷組織ということになります。ところで、傷がつくとなぜ細胞分裂が始まるのかというと、植物の細胞分裂を促進する植物ホルモン(オーキシンとサイトカイニン)が働くからです。これらのホルモンは通常は成長が行われている場所(茎の先端など)には必要ですが、既に成長が終わった場所では必要ないので、そこへはほとんど供給されません。しかし傷ができると、それが刺激となってこれらのホルモンはその場所で増加します。切り取った組織を培養するときは、一般にこれらのホルモンを培地に加えてやります。 
新しい細胞を作るためには、成長が行われている場所でも癒傷組織でも、材料となる物質が必要です。これらは炭水化物、タンパク質、脂質、核酸(遺伝子など)などです。植物は動物と違ってこれらの物質を全部自前で合成します。一番の基本は空気中から取り入れた二酸化炭素と地中から吸い上げた水とからブドウ糖などの糖類をつくる光合成です。ほかの物質はこれらの糖類が元となって合成されていきます。炭水化物(糖類など)は炭素、水素、酸素の元素だけから作られていますが、タンパク質や核酸、一部の脂質は窒素、硫黄、リンの元素を含んでいます。これらの元素は根から無機養分として水と一緒に供給されます。質問中にある「二酸化炭素は貯蔵養分をある物質に変えるために使用され」というのは何のことかわかりません。光合成は植物の傷に関係なく、水が供給され、葉が健全で、光があればいつも行われます。なお、傷が原因で二酸化炭素がより多く取り込まれれて、光合成が盛んになるというのは聞いたことがありません。
また、「フェノールの生産を増やす」とありますが、正しくはフェノール化合物というべきでしょう。樹木などたとえば幹に傷がつくと、傷付いた細胞の近くの細胞では代謝活性が高まり、新しい酵素の合成等がおこります。これらは、とくにリグニン(フェノール化合物)の合成に関係し、コルク組織などが形成されて傷口を覆うようにして外部からの感染を防ぐのに役立ちます。

そこで、雑誌に書かれていることを書き直すとすれば、以下のようになるのではないかと思います。「樹木の幹などが傷つくと、傷口での細胞分裂が始まり、細胞が増殖します。また、傷口の付近の細胞ではフェノール化合物の合成に関わる酵素などの誘導も起こり、生化学反応の活性が高まります。その結果リグニン合成がすすんでコルク組織が形成されて、傷口を覆って修復します。」
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2008-07-22