一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物の生長に紫外線や赤外線は有益か有害か、必要か不必要か。

質問者:   その他   淺川 正昭
登録番号1733   登録日:2008-08-07
1.背景…窓ガラスに貼るフィルムには紫外線をカットする要素があるのですが、室内の植物や観葉植物に影響、特に害や成長を阻害する要因があるか調べています。調べているうちに、植物と太陽光のことをしっかりと理解をしたいと思っています。

2.内容…植物の生長が光合成によるもの、そのために太陽エネルギーを必要とすることは、今まで調べた中で分かりました。必要な光が可視光線の中での作用も分かりました。

3.紫外線について…地球の誕生からすると紫外線は害になると思いますが、紫外線にはUVA・UVB・UVCがあり、オゾン層がカットしているUVCは地上には来ていません。とすればUVCは害であるといえると思いますが、UVAとBはどうなのでしょうか。また、植物の成長過程の早い時期(発芽とか)に紫外線が必要とも聞いたことがあります。セントポーリアなどに養育灯として紫外線を当てる蛍光灯のようなものを使ったようにも思います。そうしますと紫外線波長の領域の違いで有用か害かということなのでしょうか。AもBも紫は全て害となるのでしょうか。

4.赤外線について…よく植物の生長の解説で「太陽エネルギー」ということが示されていますが、赤外線(近赤外線・遠赤外線)はどこまで必要なのか、不要なのか、有用なのか害なのかお伺いします。過去の関連質問にも目は通していますが、赤外線は太陽の日射熱量(可視光線の光とは別物)とすると、人間に感じるものとしては暑さとなりますから、植物にとってはと考えますとよく分からなくなります。

5.日照量に関して…日照量の問題は光・明るさの話なので、可視光線の領域し考えますが、熱量の赤外線領域とは日照量とはどのような関係が成り立つのでしょうか。

 細々と書き、分かりづらくなったかもしれませんが、調べているうちに基本的・本質的なところをしっかりと解明しておきたいと思っています。
よろしくお願いいたします。
淺川 正昭 様

回答をさしあげるのが遅れて申しわけありません。

この質問には、日立製作所中央研究所の主任研究員で、植物の形態形成について研究されている篠村知子博士が、詳しい回答文を用意して下さいました。ご参考にして下さい。
なお、この問題を考える際には、地表に到達する太陽放射光の波長分布特性と、生体内にあって光を吸収する分子であるクロロフィル・カロテノイド・フィトクロム・クリプトクロム・フォトトロピンなどの吸収スペクトル(吸収の波長特性)について調べておかれると参考になると思います。


(篠村知子博士からのご回答)
ご質問に直接お答えする前に、ひとつご理解していただく必要のあることがあります。それは、植物の成長には、葉緑素(クロロフィル)による光合成が必要なことはもちろんなのですが、実は「光合成」に直接関係するわけではないけれど、植物の環境中の光の波長の違いや光強度を感知して発芽や伸長を調節する仕組みがあるのだということです。この調節の仕組みは「光形態形成」と呼ばれています。光形態形成は、概ね青色光受容体、赤/遠赤色光受容体というように、吸収する光の波長域が異なる光受容体が、特定の波長帯の光を吸収して植物の成長を調節します。

そこでご質問の点を以下のように整理し、それぞれについてお答えします。

(1)紫外線はすべて害があるか、有益なものもあるか?
ご存知のように、紫外線は可視光域に近い方から、UV-A(315〜400nm)・UV-B(290〜315nm)・UV-C(波長280nm未満)と分類されています。紫外線の効果は、動物では概ね波長が短いほど有害とされています。その理由は、波長の短い光のうち特にUV-Cの光は細胞のDNAにダメージを与えるために、細胞が死んだり、突然変異を起こすからだと考えられています。UV-Cの光が細胞に有害であることは、植物も動物と同じです。

ところでUV-Aの光の効果は、植物の場合は、かならずしも有害であるばかりではありません。青色光受容体の一種がUV-Aの光を受け取り、茎の徒長を抑える働きをすることが知られています。また青色光受容体の一種がUV-Aの光を受け取り、花芽の形成を促進したり、アントシアンという赤紫色の色素の合成を促進することがあります。従って、UV-Aの光が一概に有害かといえば、そうともいいきれないということになります。

UV-Bの光の効果は、植物ではまだそれほどに解明が進んでおらず、光受容体も明らかになっていません。しかし、赤/遠赤色光受容体による徒長抑制の働きを促進する効果があるとの報告があります。一般的にいって、植物の茎や葉の徒長は観葉植物などの見た目を悪くしますので、それを抑える働きがあるので、UV-Bの光はかならずしも有害というばかりではないといえるかもしれません。

以上の効果は、実験室でUV-AやUV-Bなどのある特定の波長の光だけが植物に当るような実験条件にして調べた結果です。ご質問のような、窓ガラスにフィルムを貼って太陽光のうちのある程度の紫外線をカットしたときに、室内の植物や観葉植物に影響があるかどうかを考えるときには、細胞にダメージを与えるかどうかということと、成長を阻害するかどうか(または徒長を抑えられるかどうか)を考える必要があるでしょう。一般的には、ある程度のUV-Aに相当する光があったほうが、葉の伸展(葉がイキイキと広がること)や徒長抑制(しっかりした株に育つ)には有効であるといわれています。ただし、UV-Aがカットされても、より長い波長域の青色光が十分な強度であれば、多くの植物では正常に成長が調節されること多いので、かならずUV-AあるいはUV-Bの光がなければ植物は正常に成長しないということではないと思います。

(2)赤外線は有害か、有益か?
赤外線領域の光のうち、遠赤色光とよぶ波長域の光(730nmあたりを中心とする690〜770nmの波長域の光)は、植物の成長に深く関わっています。遠赤色光を吸収する光受容体が存在するからです。有害か有益かは一概にはいえませんが、常に遠赤色光がカットされた光環境(白色蛍光灯がほぼそのような光環境です)では、発芽したての植物は正常には育ちにくいようです。そのような環境では多くの植物は徒長しやすい傾向にあります。

遠赤外線(概ね1000nmより長波長の電磁波)の電磁波としての植物への効果は、まだ科学的には立証されていません。熱線として考えれば、温度上昇の植物への効果はあると思います。光の質や強度が同じなら、温度が高い条件の方が植物は徒長しやすい傾向にあります。

(3)日照量と赤外線の影響とは関係があるか?
(2)の質問への答えからご推察いただけると思いますが、日照量と赤外線の植物成長への影響では、光の効果としては、「遠赤色光」の光強度や光照射時間のみが影響があります。ところで、遠赤色光の効果は、日中の光よりも朝日や夕日の光で強調されるという特性があります。それは、朝日や夕日では、太陽光が大気中を通過する距離が長いために、大気中で散乱されにくい遠赤色光はたくさん地上に届くけれど、遠赤色光の効果を打ち消す赤色光は大気中で散乱されて地上に届きにくいからです。

したがって、日照量というよりも日照時間や地上に届く光の波長との関係に注意を払う必要があります。たとえば、西日がたくさん差し込む部屋は、夜になる前に遠赤色光がたっぷり植物に照射されることになり、夜間の植物の徒長が促進されてしまう場合があるようです。

以上を総合してざっくりと申し上げますと、紫外線のUV-BとUV-Cおよび遠赤外線は、植物の成長には必ずしも必要というわけではない、UV-Aはどちらかといえばあったほうがいい、遠赤色光は概ね必ず必要、といえるのではないかと思います。
ご参考になれば幸いです。

篠村 知子(日立製作所中央研究所)
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤 公行
回答日:2008-09-02