一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物進化上におけるナトリウムとカリウムの利用について

質問者:   自営業   およし
登録番号1785   登録日:2008-09-18
最近植物と動物のナトリウムとカリウムの生物学的な存在価値の違いに大変疑問を持ち、植物は一体いつ頃からナトリウムを利用しなくなったのか?また細胞内外の代謝生理学的な面からもカリウムに偏った代謝になったメリットはなんなのか?が大変大きな疑問となってきました。海藻類ではナトリウム・カリウムの利用率はどうなっているのか?
とある資料によるとある種のイネ科の植物は低濃度であればナトリウムがカリウムの代用となって生育可能であるとされていました。進化論的な質問で恐縮ですが、他に聞いてみるところが見当たりませんでしたのでご質問させていただきます。
およし 様

本コーナーに質問をお寄せ下さりありがとうございました。この質問には植物のイオン代謝に詳しい神戸大学の三村徹郎先生が回答を用意して下さいました。ご参考にして下さい。


(三村先生からの回答)
生命が地球に生まれた理由を考えることは、生物学の根本命題だと思います。その中の一つの問題として、生命を形作っている元素は、それぞれが利用された理由があるのか、あるいは単なる偶然なのかを考えるものがあり、ご質問はその趣旨によるものと思います。

1.まず、ナトリウムとカリウムどちらが生物に重要かについて考えてみます。

よく生命は海から生まれたと言われ、今の海は約0.5M(3.5%ぐらい)の塩化ナトリウムの溶液で、しかもヒトには塩が必須ですから、ナトリウムが絶対的に重要なイメージを持ちます。しかし、ご存知のようにこれは動物に限った話であり、多くの植物(特に陸上植物)ではナトリウムは必須元素ではありません。地球化学の分野では、生命が誕生したころの海はナトリウムを含んでいなかったという説もあるようです(これについては、地球化学の専門家にお尋ね下さい)。生物学でも、植物や菌類、あるいは多くの細菌は、ナトリウムを生命維持に必要としませんから、それは、生命が生まれた頃の海がナトリウムを含んでいなかった名残かもしれません。
従って、植物がナトリウム利用しなくなったのでなく、動物(および後生の細菌類)が後でナトリウムを利用するようになったと考えるべきだろうと思います。
このことは、動物のナトリウム代謝の基本分子であるナトリウム・カリウムポンプは、植物や細菌の持つ水素ポンプあるいはカリウムポンプと進化的には同じものだと理解されていて、植物や細菌の持つポンプのほうがより祖先型であるということとも一致しています。
全ての生物は、細胞内に高濃度のカリウムを含んでいます。生命を形作るタンパク質、アミノ酸、核酸あるいは有機酸などの有機化合物は、細胞内で負に帯電することが多いので、それを電気的に中和するための陽イオンとしてカリウムの重要性を考えることができます。単に陽イオンであれば良いだけなら、 ナトリウムでも良いように思いますが、ナトリウムとカリウムでは、水分子との相互作用に違いがあることが知られています。ナトリウム原子とカリウム原子は、お互いの水和半径がほとんど同じであるため、原子の大きさが小さいナトリウムの方が、より水分子に親和性が高いことが判っています。そのため、ナトリウムの水溶液とカリウムの水溶液では、水分子の活動度に違いが出て、カリウム溶液の方が、水分子が動きやすいようです。このことが生体におけるカリウムの重要性を示すかどうかの証明はありませんが、代謝活動を順調に進行させるために、水分子が動きやすいということは重要かもしれません。
ナトリウムとカリウム以外の陽イオンとして、海にはカルシウムやマグネシウムが多量に存在しますが、これら二価イオンは、硫酸やリン酸のような重要な陰イオンとの間で不溶性の塩を作ったり、あるいは多価化合物に結合しやすいなどの理由で、生命は多量には利用できなかったものと思われます。
いったんカリウムが利用されるようになると、カリウムの存在を必要とする酵素タンパク質などが進化してきて、現在の細胞内代謝活動は、カリウムが多量に存在することが前提になっているものと思われます。

2.海藻類ではナトリウム・カリウムの利用率はどうなっているのか
 
これは、今はまだほとんど理解されていないと思います。細胞内の主要陽イオンがカリウムであることは間違いないと思いますが、ナトリウムの必須性がどのレベルのものかは判っていません。
海藻が種類によって、光合成生物の二次共生から進化してきたという最近の説や、細胞膜に存在するポンプがナトリウム型である場合があることなどから考えると、海藻は単純な植物型の生物ではなく、少なくともイオン代謝においては動物と植物のハイブリッドである可能性も十分に考えられます。これは、 今後の研究にゆだねられるものだと思います。

尚、「ある種のイネ科の植物は低濃度であればナトリウムがカリウムの代用となって生育可能である」という点ですが、植物細胞において、液胞内の浸透圧物質としての陽イオンは、あるレベルまではナトリウムがカリウムの代用になることが判っています。この時は、ナトリウムが液胞に集められる代わりに、カリウムを細胞質に集めることで代謝を維持することができます。しかし、細胞質の陽イオンをナトリウムが代用できる例はまだ知られていないと思います。

三村 徹郎(神戸大学大学院理学研究科生物学専攻)
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤 公行
回答日:2008-09-22