一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物の動的平衡

質問者:   一般   オーキシン
登録番号1796   登録日:2008-09-29
私たち人間のからだは、それぞれの機能を持った数え切れない細胞から成り立っていますが、それぞれの細胞は固有の寿命があり、細胞レベルでは、その多くは、たえず死んでいく細胞が、新しく生まれた細胞によっておきかえられ、動的平衡を保っていると教わりました。植物でも同じように、細胞が置き換えられ、動的均衡があると理解していますが、良いでしょうか。
オーキシン さま

ヒトは約60兆個の細胞からできていますが、ご質問ありますように、成長して細胞数がほぼ一定であっても、同じ細胞がずっと機能しているわけではありません。組織、器官によって新しい細胞に置き換えられる速度は異なりますが、白血球や腸の上皮細胞の寿命は短く、数日で新しい細胞に置き換わります。放射線は細胞分裂のときに最も障害を与えやすいため、細胞分裂の盛んな白血球や腸の上皮細胞は、放射線照射によって新しい細胞ができなくなります。そのため、広島での不幸な被爆者は、最初に白血球が減少し、下血などの障害を受けました。このように細胞数が一定でも、その細胞が更新され続けている状態を動的平衡とよんでいますが、動的平衡は細胞レベルだけでなく、細胞内の多くの蛋白質についても見られます。細胞が一定の機能を進行させている間でも、細胞の中に含まれている多数の酵素、蛋白質などは、それぞれの酵素・蛋白質独自の(細胞の寿命よりは短い)寿命で分解と合成が繰り返されています。これは細胞代謝の間に生ずる活性酸素などによって酵素蛋白質などが酸化され、酵素活性などの機能が失はれたのを補うためであり、これによって細胞の機能、活性が低下しないようにしています。

植物でも細胞レベル、細胞成分レベルの動的平衡は見られますが、動物とはいろんな面で異なっています。植物細胞では硬い細胞壁が細胞膜を取り囲んでいますが、動物細胞には細胞壁がありません。動物の動的平衡で消失した細胞は細胞膜を含めすべてなくなりますが、これに対し植物細胞の場合、細胞が老化しても細胞壁は残り、茎、幹などの木部に見られるように植物体の骨格成分として植物体を支える役割をしています。一年生の植物では一年以内ですが、ヤクスギでは数千年間、体を支える役割をすることになります。年輪の見られる木部は、その外側の形成層の生きている細胞が秋の終り迄、幹を太らせる役目を果たし、形成層の細胞はすべて消え去るのではなく、細胞壁が残って木部となります。動物の場合、白血球などのように寿命の短い細胞がありますが、植物の場合、細胞レベルで寿命の短い細胞は少ないように思われます。直接的な証拠ではありませんが、植物は動物に比べ放射線に抵抗性があり、放射線照射をすると主に細胞分裂の盛んな成長点の頂芽に障害が最初にみられます。このことは、植物では一旦成長した組織、器官は、放射線に強いこと、すなわち、白血球細胞のような寿命の短い細胞は、成熟した組織や器官では少なく、新しい細胞が作られるのは少ないように考えられます。しかし、植物でもウイルス、病原菌の感染したとき、さらに植物の成長、老化の過程で、遺伝子にプログラムされた、細胞の死、新生が進行しています。これらはプログラム細胞死とよばれていますが、これについては、本質問コーナーの質問登録番号1754への回答をご覧下さい。

上のように植物では成長した器官、組織での細胞レベルの動的平衡は余り顕著ではありませんが、細胞内の蛋白質については動的平衡が見られます。例えば、葉の細胞で光合成が進行している葉緑体にあるD1蛋白質は光エネルギーを捕捉し生化学エネルギー(ATP, NADPH2)に変換する二つの光化学反応中心の内の一つ(光化学系II)に関与していますが、この蛋白質は太陽光の照度が高いときには速やかに分解し、生化学エネルギーの生成速度を調節しています。光を生化学エネルギーに変換するために、多くの蛋白質が関与していますが、D1蛋白質のみが、速やかに(数十分程度)で分解、合成される動的平衡を示しています。これによって、強光下で過剰に還元当量が生じ、活性酸素が大量に生ずるのを抑制していると考えられています。
JSPPサイエンスアドバイザー
浅田 浩二
回答日:2008-10-22
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