一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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発芽に先駆けて発根するタイプの種子でのオーキシンの合成

質問者:   教員   Toy
登録番号1841   登録日:2008-11-07
 高校生物の教科書や参考書を読んでみると、オーキシンの作用についてはそれなりにかかれています。また、オーキシンが幼葉鞘の先端で合成されることもかかれています。しかし、根に存在するオーキシンがどこで合成されるのかについては書かれていません。自分なりに専門書など調べて、茎の頂部で作られたオーキシンが維管束を通って根へ運ばれると書いてあるのを知りました。
 そこで質問ですが、根の分裂組織ではオーキシンは全くつくられていないのでしょうか?
特に疑問に思ったのは種子の発根の場合です。発芽(或いは芽の成長)に先んじて根を伸ばすタイプの種子でも、オーキシンは芽でつくられているのでしょうか?
或いは、球根などの場合には? 
 重箱の隅をつつくような質問ですが、お答えいただければ幸甚です。
頭山昌郁様

みんなの広場へのご質問ありがとうございました。頂いたご質問の回答をオーキシンがご専門の首都大学東京の小柴共一先生にお願いいたしましたところ、以下のような、詳しいご回答をお寄せくださいました。ご参考になるに違い無いと思います。


小柴先生からのご回答

 まず、オーキシンの根に対する作用ですが、側根形成など、根の形成(根の本数、量)を促進することはほぼ間違いありませんが、根の成長や伸長に対する作用については明確ではありません。根の伸長に関しては一般的には高濃度で抑制的に作用し、また、エチレンなど他のホルモンも関与します。また、最近では根の先端成長点での細胞分裂・分化の促進に関係する遺伝子についての報告もありますが、これとオーキシンの関係も分かっていません。おそらく、オーキシンの根の形成と成長への関与は、先端の細胞群の分化方向や秩序をもった組織を作ることを通して行われているものと考えてよいと思われます。これは、茎頂先端分裂組織の発生・分化、側根の分化誘導におけるオーキシンの作用とも一致します。

 次にオーキシンの合成です。他の植物ホルモンの生合成はこの数年間でほぼ遺伝子、酵素レベルで明らかになってきたのに対して、オーキシンだけは未だに確定に至っていません。同時に、どこで作られるのかもはっきりしていません。おそらくオーキシンが植物体の特定の場所で合成されて、合成されたオーキシンが常に移動して様々な場所で働くという、いわゆる”極性輸送”といわれるような全身性の輸送システムを有することから、解析が進みにくいと考えてよいでしょう。最近は、この輸送システムに関する多くの研究が進んできています。

 現在の知見を総合すると、植物体においては若い葉を含む茎頂部でオーキシンが合成され、そのオーキシンが通道組織そのもの(師管や道管)ではなくその周辺あるいは表皮系を含む細胞をオーキシン運搬体(取り込み、排出)によって下方に移動することが詳細に分かってきています。根では、中心に位置する維管束周辺の細胞を通してさらに根の先端まで輸送され、先端部にある程度高い濃度で蓄積するとともに、外側の細胞層に分配されて、表皮側の細胞層を通して今度は上に向かって移動するというのが一般的な解釈です。

 
 さて、オーキシンの合成ですが、上に述べた茎頂部でというのはエンドウやシロイヌナズナではほぼ間違いないのですが、どの部位(細胞)なのかまでは分かっていません。これに対して、アベナなど単子葉植物の幼葉鞘の先端に関しては、1880年のダーウィンによる"some influence"の記載以来、先端から下方へのオーキシンの極性輸送は世界的な共通認識になっているものの、先端で実際に合成されているのかという点は、十数年にわたる議論があります。この議論は、今回のご質問の内容にも関連してくるものですが、種子貯蔵組織(子葉、胚乳など)にはいわゆるオーキシン(インドール-3-酢酸:IAA)が糖やアミノ酸と結合した状態で非常に多く含まれており、この不活性結合型IAAが発芽の際に根や幼葉、幼葉鞘に運ばれ、幼葉鞘先端に運ばれた結合型IAAはそこで結合が切れて活性型のIAAが生成するという考えが、現在でも世界的に一つの潮流になっています。これに対して、トウモロコシの幼葉鞘などを用いたいくつかの研究(私の研究結果も含め)は、幼葉鞘先端部のIAAは先端部でトリプトファンから合成されていることを示しています。結合型のIAAの減少が見られないのに先端部からIAAは継続して下方に輸送され続けますので、後者は実験的にも確認されていると考えていいのですが、まだ、世界的には見解は統一されていません。

 ご質問の種子の発芽時の根におけるオーキシンですが、このような背景から考えますと、ほぼ幼葉鞘の場合と同様の可能性が想定できます。
つまり、

1.種に含まれるIAA(結合型IAA、または、活性型IAA)が根の先端に供給される。
2.根の先端で合成される。
3.吸水後、幼葉茎頂部で合成されたIAAが根に輸送される。

の、3つの可能性です。2の根の先端部で合成される可能性は、いくつかの論文で報告されています。しかし、種子発芽初期のIAAの動態に関してはほとんど正確な情報はないといえます。IAAは1時間におよそ10 mm移動しますので、微量な組織での正確な測定、移動しているIAAの測定などの技術の精度をさらにあげた研究が要求されるとともに、輸送の方向や輸送量がどのように調節されているのか、といった解析も必要になります。肝心の合成経路と合成に働く遺伝子・酵素の特定、合成細胞の特定と合わせて、この数年のうちに何らかの答えが出てくるものと考えられます。

 さらに、オーキシンは、発芽や植物の生育ステージ、環境の変化によってもまたその合成量や合成部位、輸送の方向などが変わる(例えば、傷害に応答してIAA合成が局所的に高まるなど)ことも、考える必要があると思います。


日本語の著書としては、
「植物ホルモンハンドブック(上下)」(培風館)高橋信孝・増田芳雄編(1994)
「新しい植物ホルモンの科学」(講談社)小柴共一・神谷勇治編(2002)
「植物ホルモンの分子細胞生物学」(講談社)小柴共一・神谷勇治・勝見允行編(2006)


をご参考下さい。3番目の本には比較的新しい内容が記載されています。特に、1.1オーキシン、2.1 胚発生、2.3 成長と分化、 3.1 屈性、をご覧になることをお勧めします。

原著論文を含む個別の論文、本回答に対するご質問、ご要望などありましたらご連絡ください。

小柴共一(首都大学東京)
JSPPサイエンスアドバイザー
柴岡弘郎
回答日:2008-12-15
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