一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物の環境調節

質問者:   大学生   ゆう
登録番号1845   登録日:2008-11-14
 植物に暗期をあたえることなく、人工光を照射し続けて育てた場合(明期だけで育てた場合)、自然条件下(明期と暗期を繰り返す環境)で育てた場合よりもより多く光合成ができるので、早く生育しそうな気がします。
 明期だけで育てた場合どのような変化が植物体にあらわれるのでしょうか?
花芽形成はあとで調整できるので、生体重量、節間の長さなど商品価値に影響する現象が気になります。
また、暗期の必要性(生育に必要な〜が行われている等)とはいったいなんでしょうか?
 電気代などは考えないものとしてください。
回答よろしくお願いします。
ゆう さん

質問をお寄せ下さりありがとうございました。
この質問には東京大学の大橋敬子先生が大変詳しい回答をご用意下さいました。ご参考にして下さい。


(大橋先生の回答)
人工光源のみを用いた栽培で明暗周期を設定することなく連続24時間照射(24時間日長)を行うと、明暗周期を設定した場合に比べて、成育が旺盛となった例があります(例えばホウレンソウ)。このような実験では、栽培光の光強度が太陽光強度に比べて低く、植物が成育するのに不足した弱い光強度が設定されていることがほとんどです。弱い光強度かつ24時間日長で育ったインゲンでは、暗期にあたる時間帯においても明期と同じ程度に光合成が行われることが示されています。

したがって、植物が受けた積算光量の増加に伴って光合成速度が増加し、成育が促進されたと解釈されます。しかし、24時間日長によるこの成育促進現象は普遍的に起こるものではありません。日長時間を4、8、12、16、20および24時間にしてトマト苗を栽培した研究によると、トマトの成育にとって16時間日長が最適であり、それ以上日長が延長されると成育が悪くなり、24時間日長では成育が悪くクロロシスが発生することが示されています。このように、24時間日長が成育に及ぼす影響には植物種間差が存在します。日長時間は、花芽形成や草型などの形態形成にも大きな影響を及ぼします。ホウレンソウやレタスなど長日植物では、明期より暗期が短いと花芽形成が促進されます(厳密には一定以上の暗期継続で花芽形成が抑制)。

すなわちホウレンソウでは、24時間日長は明暗周期を設定した場合よりも、早く花芽を形成させます。 24時間日長は、ホウレンソウの成育を早めることを先ほど述べましたが、この条件では、市販ホウレンソウと同程度の大きさに育ちきる前に、ホウレンソウが抽だい(茎が伸張して花芽が分化する)を起こしてしまいやすくなります。抽だいしたホウレンソウは出荷できませんので、この成育促進効果もあまり楽観視できるものではありません。イネ、イチゴやキュウリなどの短日植物では明期より暗期が長いと花芽形成が促進されます(厳密には一定以上の暗期継続で花芽形成が起こる)。イネは、栄養成長期に個体成長を大きくさせ、その後に生殖成長を行う成育相を示すので、24時間日長で大きく育てた後、短日処理を行い開花促進させて収穫物を得るとする環境調節は可能かもしれません。イチゴやキュウリは、栄養生長と生殖成長を同時期に進行させるので、24時間日長で成育促進をねらうと果実収穫時期の遅延が同時に発生します。収穫時期の遅延は農業生産に大きな損害を与えますが、この環境下でそれを克服するのはかなり難しいことです。

このように、明期だけで栽培した場合の植物の反応は種によって様々です。植物種ごとに成長、花芽形成、形態形成への反応を整理して、その結果を利用して厳密な環境調節を行って収穫物を得ることは不可能ではありませんが、通常栽培での収量や品質を確保することは難しいでしょう。また、強い光強度かつ24時間日長で栽培した例については述べておりませんが、実際にはそのような研究を見かけたことがありません。実験の多くは、人工光栽培による慢性的な光不足を照射時間の延長や補光で補えないか、という発想に基づいているからです。


最後に、暗期の必要性は何か?についてですが、まずは、光合成事典(日本光合成研究会編-学会出版センター刊行)の251-252ページを参照してください。太陽光にエネルギーを依存する光合成生物にとっては、一日のうちの明暗のサイクルに適切に反応することが適応上きわめて重要であり、光合成をはじめ様々な生理現象が明確な概日リズムを示します。例えば、上記で述べた花芽形成もそのタイミングを決めるのに日長(光周)を重要な環境シグナルとして用いています。光周性において重要なのは明期の長さではなく、中断されない暗期の長さであることがわかっています。したがって、暗期をなくすと、健全な成育を果たせなくなると考えるべきでしょう。

大橋(兼子)敬子(東京大学大学院農学生命科学研究科生物・環境工学専攻生物環境工学研究室)
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤公行
回答日:2008-12-12