一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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どうして植物は緑色光を使わないのか?

質問者:   大学生   ゲンゲン・コラーゲン
登録番号1855   登録日:2008-11-26
 この質問は、サイト内の質問コーナーの『葉が緑なのは?』というものに似ていると思うのですが、どうしても気になることがあったので質問させてもらいました。
 現在の陸上植物の起源は、ある種の緑藻類だということは分かりました。そこで、そもそもその緑藻類は緑色光を使わないことのメリットはあったのか?ということが思い浮かびます。海中にの場合、地上と違って太陽光のスペクトラルに何か変化が生じるためにそういった戦略をとったのかな?と百歩ゆずって納得はできそうな気もします。
 しかし、陸上に上がった植物はどうして緑色光を使わないのでしょうか?
地球にやってくる太陽光のスペクトラルを見てみても、どうして緑色光を使わないのかが納得できません。植物はアホなんじゃないかとも思えてしまいます。何かメリットがあるのでしょうか?
それともそうせざるを得ない状況でもあるのでしょうか?
仮説でも何でもいいので、お答えしてもらえるとうれしいです。よろしくお願いします。
ゲンゲン・コラーゲン さま

植物が光合成で緑色の光をなぜ使っていないかの、非常に基本的なご質問をいただきありがとうございました。このご質問について、東京大学・理学部で高等植物の光合成を研究されておられる寺島一郎先生に回答をお願いいたしましたところ、以下のような最近のご研究の成果を含めて、詳しい解説を頂きました。なお、回答にあります寺島先生の論文は、植物生理学会のホームページで最初のページの右上、Plant & Cell Physiology, 次いで、Current issuesをクリックすれば、2009, 4月号からダウンロードできます。半月以内には掲載される予定です。


植物の「みどり」が目にしみる季節です。
 
ご質問の通り、確かに太陽光を効率よく吸収するためには黒い葉を作るのが理想的です。しかし、それは、吸収した光のエネルギーを効率よく化学エネルギーに変換できる場合に限ります。植物の光合成装置は、一度に大量のエネルギーを化学エネルギーに変換することはできません。その理由の一つは、CO2固定経路でCO2固定を担う酵素、リブロース1,5-二リン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ(Rubiscoと略称)が、たいへん効率が低いためです。大きな酵素である割に反応速度が遅く、CO2に対する親和性が低く、O2に阻害されてしまいます。したがって、太陽光の強いエネルギーを光合成に利用しようとすると、葉は大量のRubiscoを持っていなければなりません。葉のタンパク質の1/3程度が Rubiscoになるほどです。しかも、酸素に邪魔をされずになるべく高いCO2濃度でRubiscoを働かせるためには、葉緑体を、細胞間隙の空気に触れやすい、細胞の周囲に配置しなければなりません。したがって、葉を無限に薄くすることはできません。このような制限条件下では、なるべく多くの光を吸収するとともに、それをまんべんなく葉緑体に分配するような葉が理想的です。

さて、葉が緑色に見えるのは、「葉が緑色光を吸収しないからである」、あるいは、「緑色光は吸収されないのだから光合成には使われない」、とよく言われます。これらは実は正しくありません。 確かに光合成色素のクロロフィルは青色光や赤色光に比べて緑色光を吸収しにくいのですが、吸収がゼロというわけではありません。 逆説的に思えるかもしれませんが、実は、「緑色光を吸収しにくいこと」が、緑色光の効率的な利用に役立っているのです。
 
葉は、屈折率が1.5程度の細胞と1.0の細胞間隙に含まれる空気とから成り立っているので、葉にいったん入った光は葉の内部で何度も屈折し、葉の内部を行ったり来たりします。一度葉緑体に遭遇しただけではあまり吸収されない緑色光も、何度も葉緑体に遭遇することによって、かなり吸収されるようになります。これについては少し詳しく後で述べます。一方、屈折の方向によって、緑色光の一部は 葉の内部から外に出て行きます。これが反射光です。葉が緑に見えるのはこのためです。(緑色があざやかに見えるのは、人間の視覚の感度ピークが緑色光部分であることも忘れてはなりませんが・・・)。

葉の光合成組織は、表側の柵状組織と裏側の海綿状組織に分化しています。柵状組織は表皮にぴったりと接着しており、表面からの反射を小さくしています。表裏のはっきりした葉の表、裏の色調が違うのは、表側で反射が抑えられているからです。一方、海綿状組織の細胞が不定形なのは、吸収されずに裏側に達した光を強く散乱することによって葉緑体との遭遇頻度を高め、光を吸収しつくすのに役立っています。この、光が行ったり来たりし、葉緑体に何度も遭遇することで吸収率が上昇するという効果は、緑色光でもっとも大きく、一度葉緑体に遭遇ただけでそのほとんどが吸収されてしまう青色や赤色の吸収率上昇にはあまり役立ちません。これらの結果、通常の緑葉の青色光や赤色光の吸収率が90%程度であるのに対し、緑色光も70〜80%が吸収されるようになります。弱い単色光を用いて測定した、「吸収された光量子あたりの光合成効率」を比較すると、緑色光の効率は赤色光と同程度で、青色光よりも高いことが知られています。このように、緑色光は、緑葉にかなり吸収され、一旦吸収されれば役に立つのです。

葉緑体はその光環境に馴化し、葉の表側の明るい部分には強光を利用できる「陽葉緑体」が、裏側の暗い場所には「陰葉緑体」が分化します。このように、柵状組織と海綿状組織の分化によって、明るいところよりも暗いところにある組織が光を吸収しやすくして、光吸収量の勾配を緩和し、それでも存在する光吸収量の勾配に対して陽葉緑体〜陰葉緑体の勾配を形成しています。これらは、葉の内部のすべての葉緑体が高効率で機能する方向に作用し、葉全体の光資源や窒素資源の利用効率の上昇に大きく寄与しています。しかし、葉緑体の馴化可能な光環境の幅はそれほど大きくなく、葉内の光吸収の勾配の方が、葉緑体光合成最大速度の勾配よりも大きくなるのが一般的です。したがって、光が強くなると、表側の葉緑体の光合成が光飽和している一方で、裏側に近い葉緑体は光飽和に達していないという状況が起こります。この時、葉全体の光合成速度をさらに高めるために、白色光の強度を高めても、それに含まれる赤色光や青色光は表側の光飽和に達した葉緑体に吸収され、そのエネルギーのほとんどは熱として散逸されます。ところが、葉緑体に吸収されにくい緑色光は裏側にも届き、光飽和に達していない葉緑体の光合成を駆動します。実際に、強い白色光に弱い単色光を足して光合成を測定すると、赤色光よりも緑色光の方が光合成速度を上昇させることが明らかになりました。強い光の下で、効率よく光合成を駆動するのは、赤色光や青色光ではなく実は緑色光なのです。これらを総合すると、葉はかなりうまく緑色光を光合成に使っていると言えるでしょう。陸上植物が、クロロフィルという緑色光を吸収しにくい色素を使っているのも、緑藻から引き継いだこの色素の効率が、悪くなかったからだと思います。
アオサなどの緑藻類が透きとおっているのはなぜでしょうか。CO2の取り込み方法が陸上と水中で異なるためかも知れません。また、緑藻類の帯状分布の最下部に生息するミルなどは、緑色光を吸収し、効率よく光合成に使うことができるシホナキサンチンとよばれるカロチノイドを持っていて、黒く見えます。暗いところならば、黒い葉緑体を持っていてもいいためだろうと思います。
 
植物生理学会の英文雑誌であるPlant and Cell Physiologyの2009年4月号に、まさにこのご質問に対する答えを検討した論文を載せてもらうことになりました。
Terashima, I., Fujita, T., Inoue, T., Chow, W.S. and Oguchi, R. (2009)
Green light drives leaf photosynthesis more efficiently than red light in strong white light: Revisiting the enigmatic question of why leaves are green.
編集部のご好意により、誰でもダウンロードできる論文にしていただきました。読んでいただければうれしく思います。

寺島 一郎(東京大学・理学部)
JSPPサイエンスアドバイザー
浅田 浩二
回答日:2009-03-26