一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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自然状態で自家受精する植物について

質問者:   高校生   biospore
登録番号1885   登録日:2009-01-04
高校で、メンデルの行った遺伝の実験について学びました。実験で用いられたエンドウの特徴のひとつに、「エンドウは自然状態において自家受精を行う」と記述されていました。
そこで疑問に思ったのですが、

1. どのような(進化的系統、性質、あるいは環境下の)植物が自然状態において自家受精を行うのでしょうか?

2. 自ら自家受精をするのは、「環境の変化に適応する」などの有性生殖をする上でのメリットを活かしきれていないように思えるのですが・・・。自家受精を自ら選択することの意義とは何ですか?
biospore さま

みんなのひろばへのご質問ありがとうございました。頂いたご質問の回答を東京大学の塚谷裕一先生にお願いいたしましたところ、添付ファイルにあるような、詳しい、しかも分かりやすいご回答をお寄せ下さいました。塚谷先生のご回答で biospore さんの疑問もきっと解けるものと思います。


biospore さま

 あけましておめでとうございます。
 質問ありがとうございます。これは多くの人によく誤解されている点ですね。
 
まず有性生殖のメリットについて整理し直してみましょう。しばしば通俗書では、有性生殖は環境の変化に対応する意味がある、とされていますが、これは大部分間違いです。
 有性生殖のデメリットを先に考えてみましょう。まず、親と子が必ずしも似ません。ということは、今せっかくうまく行っているとしても、次の世代ではうまく行かないかもしれなくなります。これは運動選手とかを考えると分かりますね。すごい才能の選手の二世は、必ずしも親ほどの能力を発揮しません。音楽家などでもそうですね。

 環境が変化する場合もそうです。暑さ寒さに強い強靱な体力の持ち主がいても、有性生殖をした場合、その子どもは必ずしも強くなりません。有性生殖が、すぐれた性質を維持するためのシステムとして欠陥を持つのは、これで分かりますね。加えて動物の場合だと、有性生殖に伴って雄と雌とが必要になり、1個体だけでは繁殖できないという大きなデメリットも生み出します。もし大災害があって、環境の変化に強い個体が1個体だけ生き残ったとしても、それでは意味がないわけです。

 もう一つの誤解は、いつ来るのか分からない希有な災害や環境変化に対して、生物はいろいろな遺伝的違いを維持しているだろう、という幻想です。自然選択というのは常にかかっていますから、今役に立たない変化は、どんどん淘汰されていきます。例えば、恐竜を絶滅させたような、小惑星の衝突というような大規模な環境変化は、いつかきっとまた来るでしょう。でもそれに対して対応するための仕組みをもった個体というのは、今のこの世の中で元気にやっていけるでしょうか?例えばガスマスクみたいな性能の器官を常備した生物があれば、小惑星の衝突後の大混乱の時期を生き延びるかもしれませんが、そんな生物は、今の世の中では過剰防衛すぎて、繁殖できずに終わるでしょう。いつ、何があってもいいように、常にいろいろな遺伝的変化を用意しているのであれば、有性生殖は、環境の変化に対する対応として意味があるでしょうが、今の例のように、そういう用意はしばしば、普通の生活能力を犠牲にしてしまうので(今のは極端な例ですが、実際に使う予定のない仕組みを持つことは、ほとんどの場合、普通の暮らしにとって足かせとなるものです)、選択圧の結果として淘汰され、失われるのが普通です。頻繁に出会うような変化に対する用意ならば、自然選択は見逃すでしょうが、滅多にないことに対する用意はしないものです。有性生殖のメリットは、有性生殖なら、突然変異のおきた遺伝子の組み合わせを、頻繁に取り替えることができますから、その速度です。ですからそのメリットは、頻繁に変化することに対して、急いで遺伝的内容を変化させることにあるのであって、いつ来るか分からない環境の変化に対応するためではないのです。

 では頻繁に出会うような変化とは何でしょうか。進化生物学では、有性生殖のメリットとなる頻繁な変化とは、細菌やウイルスのような病原体の変化だろうと考えています。インフルエンザも毎年型が変化しますね。ああいうことへの対処として、有性生殖をつかって生物は対応しているのだ、というわけです。そのくらい、頻繁に起きることに対する対抗策なのです。でもそういう脅威がそれほどないのであれば、有性生殖や他家受精で急いで遺伝的な内容を変える必要はありません。例えば江戸時代から知られているような古い品種が朝顔やイネにはあります。それは延々と毎年毎年、自家受粉してきたわけですが、何の問題もなく、大きな環境変化を経て(江戸時代から今までの間に、かなりの平均気温の変動がありました)、今の時代を生き延びています。自然状態では、それこそ何万年も自家受粉で暮らしている植物種がたくさんいます。動物でも、何万年もの間、クローン繁殖だけ続けて生き延びてきた種がたくさん知られています。通俗書が言うほど、有性生殖は大事なものではありません。遺伝子の内容をどんどん変えていかないと生き延びられないというわけではないのです。
 というわけで、有性生殖のメリットは、比較的限定的だということが分かります。

 以上を踏まえて、最後に、自家受精と他家受精との比較をしてみましょう。

 もし有性生殖の際、自家受精ではダメで他家受精に限る、という制約をかぶせるとすると、有性生殖のデメリットが増えますね。何しろ、1個体では増えられなくなります。普通の植物は、アサガオでもイネでも、1粒の種からいくらでも増えます。でも、他家受精しかできない植物だと、1個の種が芽生えても、近くに別の個体がいてくれない限り、増えることができません。

 ですので、だいたいの推計で、いわゆる花の咲く植物のうち、自家受精を普通にやっているのは半分近いようです。また他家受精をするのが基本となっている植物でも、普通は最後の手段として自家受粉できるようになっているのがふつうです。例えばツユクサは、開花直後は雄しべと雌しべが離れていて、他の花からの受粉を待ちますが、しばらく待って他からの花粉が届かないと、自分の雄しべを丸めて、自分の雌しべに花粉をなすりつけます。多くの植物は、そういう暮らしをしていて、何の問題もなく繁栄しています。遺伝子の組み合わせをいろいろと取り替えることの意義が、限定的だということの証拠です。

 生物にとっては、極言すれば繁殖がすなわち成功です。意義の薄いこと、たとえば遺伝的内容を変えてしまうこと、よりも何より、増えること、それを優先しているのが、今の生物のあり方だというわけです。


塚谷 裕一(東京大学大学院理学系研究科 教授)
JSPPサイエンス・アドバイザー
柴岡弘郎
回答日:2009-01-13
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