一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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緑色はきらわれものか

質問者:   会社員   ぱしりてつ
登録番号1899   登録日:2009-01-19
この、質問コーナーに寄せられた多くの質問の回答の中で、植物の葉が概ね緑色をしている理由はわかりました。
植物にとって、いかに太陽光を多く取得するかが生存競争の一部であると思います。そこで新たな疑問ですが、太陽光の奪い合いをしているとも思える生存競争の中で、なぜ、緑色の波長を利用せず嫌ったのか、多くの光を吸収したほうが光合成の効率は上がるのではないでしょうか。「田中修 著 たのしい植物学」の101㌻には光合成の作用スペクトルとクロロフィルの吸収スペクトルの相関グラフによる解説があります。実際は緑色の波長をかなり利用しているのではないでしょうか。
そこで、どのような理由で、緑色を光合成に利用しなかったのか、また、生理的に利用できない理由があるのか、教えてください。
ぱしりてつ 様

本コーナーに質問をお寄せ下さりありがとうございました。
この問題は、次の二つに分けて回答させていただきます。
(1)「実際は緑色の波長をかなり利用しているのではないでしょうか」
(2)「どのような理由で、緑色を光合成に利用しなかったのか」


(1)について:
(1-Å)緑の領域の光の利用効率
私は「田中修 著 たのしい植物学」を目にしておりませんが、“光合成の作用スペクトル”から話を進めることにします。光合成の作用スペクトルの測定では、植物によって吸収される光の波長(実際には、一定の波長幅)ごとの光量子の数と、その条件下で反応する分子の数(例えば、吸収される二酸化炭素のモル数)を見積もることになります。このようにして得られる作用スペクトルにおいて、吸収された光量子当たりの反応分子の数は、緑色光の領域(ほぼ490-580ナノメーターの波長範囲)で極端に低くなる訳ではありません(後述参照)。すなわち、緑の領域の光でも、クロロフィルなどに吸収されれば、効率よく光合成に利用されます。したがって、問題は、この領域でのクロロフィルの光吸収効率の低さにあります((2)参照)。

(1-B)緑の領域の光の吸収にかかわる色素
光合成生物にはカロチノイドと称される赤色がかった色素が普遍的に存在し、この色素は緑色領域の光の一部をも吸収します(ただ、色素分子間のエネルギー伝達の効率の悪さが原因で、カロチノイドの吸収した緑色の光の光合成への利用効率は幾分低いようです)。カロチノイド以外にも、ある種の光合成生物にはフィコビリンとよばれる一群の色素が含まれており、フィコビリンのうちのあるものは緑色の光を吸収して効率よく光合成に利用しています。
ところで、エーテルなどの有機溶媒中でのクロロフィルの吸収スペクトルでは、青色と赤色の領域に比較的幅の狭い主吸収帯が見られます。しかし、生体内に存在するクロロフィルは、主にタンパク質との相互作用によって吸収する波長領域を大幅に拡大させており、上述のカロチノイドなどの補助的な色素も加わることにより、大気中のオゾン、二酸化炭素、水蒸気などの吸収によって作られる“可視光線の窓”から地表に降り注ぐ太陽光のなるべく広範囲の領域が植物の光合成に利用できるように工夫されております。


(2)について:
クロロフィルの特徴の一つは、可視光線の長波長端に当たるエネルギー(光量子当たりのエネルギー)の低い光が吸収できることです。光合成系では可視光線を吸収する多数の色素分子が光量子を集めるアンテナのように配置されており、アンテナに吸収された光エネルギーは色素分子間を伝達されることによって集められ、可視光長波長端の低いエネルギー順位にある特別な分子環境下のクロロフィルに渡され、ここで光合成の化学反応が始まります。一般的には、紫外線とは対照的に、可視光線はエネルギーが低いために化学反応を引き起こすことは稀です。したがって、光合成の際立った特徴の一つはエネルギーの低い、しかも密度の低い(弱い)光をかき集めて化学反応に利用する点にあると言うことができます。
ところで、可視光の全領域を幅広く集めるアンテナとしてはメラニンのような黒色色素が使われることが理想的であるように思えます。しかし、光を集めると同時に化学反応をも遂行しなければならない必要性から、“進化の成り行き”の上でポルフィリン化合物の一種であるクロロフィルが光合成の道具立てに選ばれたことになるのだと思います。この色素は、緑色の領域の光を集められない欠点(選んだ化合物から来る宿命)をもっていますが、前述のように、植物は可視光線のなるべく広範囲の領域が利用できるように、クロロフィル自身の吸収幅を広げたり、別の種類のクロロフィルを追加したり、また、別の色素をアンテナとして導入したりすることによって、この欠点を部分的に補っているようです。
こんな考えとは別に、緑色の光の部分を吸収しないで残しておくことに、“過剰の光を受取らないで済むようにする”とか、“他の生物、他の生理作用のためにこの領域の光を残しておく”とか、未知の意味があるのかも知れません。別の機会にもう少し掘り下げて考えて見たいと思います。
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤 公行
回答日:2009-01-22
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