一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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ユキノシタの葉の表皮細胞の色素が株ごとに異なるのは?

質問者:   教員   生命の不思議
登録番号1905   登録日:2009-02-02
 質問登録番号1094では、なぜ同じ株から真っ赤な葉と白い葉(赤くない葉)が存在するのかと伺っていて、基礎生物学研究所の和田正三先生の回答では光の当たり具合の違いによるものとのことでした。
 しかし、私が試料を得ている山地では赤い葉をつける株とアントシアンを持たない緑葉の株の群落が混在しています。この様子をどのように理解したらよいのか、教えたいただきたいと思います。視点としては、以下の2点です。

 ①色素の有無は、亜種などの分類レベル(=遺伝的な違い)で異なるのか。
 ②アントシアンの合成過程での変異なのか。その場合は、きっかけとなる外的要因を補えば、緑葉株もアントシアン合成が可能になるのか。

よろしくお願いいたします。
生命の不思議 さん:


みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。

同じ種とされているものの中にもいろいろな変種、品種があり、見た目にはかなり違う形質を示すものは沢山あります。アサガオやハナショウブはよい例で自然の変異が江戸時代から保存されてきたものです。ご質問は植物成分合成の分子的調節作用を研究されている千葉大学薬学研究院の山崎真巳先生に解説をお願いしました。山崎先生が指摘されているように、化学構造では同じ色素分子であっても、それと結合する無色の物質の種類によって色のつき方が大変違う例もありますので色素合成に関わる遺伝子だけの問題ではありません。


ユキノシタについては、実物を調べないと原因を正しく特定することはできませんが、色の異なる株が同じような場所に混在しているとのことなので、日当たりなどの環境の差によるものではなく、株ごとに何らかの遺伝的な違いがあるのだろうと思われます。このように同一種の野生群落に赤いものと赤くないものが混在するのは、いろいろな植物で見られる事象です。分類学的に色の他に形態に種、亜種を分けるほどの差異がないのなら、変種、品種などのレベルの違いで、「成分変種」(chemotype)とも呼ばれます。
(1)アントシアニン生合成の触媒酵素を規定する「構造遺伝子」
(2)生合成酵素遺伝子の発現を制御する「制御遺伝子」
(3)共存する物質濃度や細胞内環境に関する遺伝子
などに変異が起こっている例が知られています。

たとえば、赤ブドウと白ブドウ(ピノ・ノワールとピノ・ブランだったか、ワインの原料)の「白」では、アントシアニンに糖をつける配糖化酵素の遺伝子が働かなくなって、アントシアニンが安定に蓄積されないことが明らかにされています。私の研究している赤ジソと青ジソでは、制御遺伝子の発現と組み合わせにより色素生産が異なります。また、これらの制御遺伝子のいくつかは光によって発現誘導されるので、これが光の当たり具合によるアントシアニン蓄積の違いの原因となっています。この他にも、抑制遺伝子や、量的遺伝子の存在が推測される例もあり、アントシアニン色素生産・蓄積の制御に関しては、まだまだ謎が多いです。

 アントシアニン蓄積が低温や強光ストレス下で生存に有利に働くこともあるようですが、環境によっても異なり、どちらかが淘汰されるというほどでもない場合が多いようです。ユキノシタの緑葉・赤葉の株が混在して存続しているということですから、この群落でもアントシアニン蓄積はそれほど大きな選択圧にはなっていないようです。野生群落での遺伝的多様性がある程度保たれている証拠と考えてもよいかもしれません。

また、生合成過程の変異を外的要因で補えるか、というご質問ですが、これはそう簡単では無いと思います。たとえば、止まっている生合成経路の中間体化合物を顕微鏡下で細胞内にマイクロインジェクションするとか、欠損している遺伝子をパーティクルガン(遺伝子銃)で細胞に撃ち込んで発現させるなど、実験的にはいろいろな方法が考えられますが、いずれもかなりの熟練を要します。しかし、これまでに遺伝子組み換え技術を使っていくつかの可能性が示されています。たとえば、イギリスのグループはトマトにキンギョソウの制御遺伝子を導入して、健康によいアントシアニン含量の高い「紫トマト」を作り出したそうです。このような技術が社会に受け入れられるかどうかは、また別の問題です。

山崎 真巳(千葉大学大学院薬学研究院)
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2009-02-10
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