一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物が枯れる寸前に沢山結実する

質問者:   一般   砂川 学
登録番号1909   登録日:2009-02-11
植物が害虫や菌により痛み、元気を無くすると、当然に花や果実の量が少なくなります。
 (擬人的に言えば”耐えている”)
しかし、耐える限度を越すと、花や小さな果実を沢山付けて、急速に枯れてしまいます。
 (擬人的に言えば、”最後の力を振り絞って、次世代に命をつなぐ”)
このような光景を時々見かけて、劇的な変わりように驚かされます。
さて、質問したいのは、
 「現在、このような現象が起きる仕組はどこまで解明されているのでしょうか」
と言うことです。
砂川 学様

質問コーナーへようこそ。ご来場を歓迎します。さて、以下のご質問ですが、これは植物の生活環における生殖成長はどのように調節されているのかという基本的な問題にも関わることだと思います。植物の個体の成長は、大きく分けて体が大きくなる栄養成長の相と次世代への繁殖のための花芽形成、種子形成の生殖成長相とがあります。もちろん繁殖の手段としては種子形成以外の方法もありますが、ここでは、ご質問の種子形成のことにかぎりましょう。ご質問では「現象の仕組みの解明」の現況を知りたいということですので、植物の生殖成長の過程についてはある程度基礎的な知識は持っておられることと思いますが、一般的なことから話を進めることにします。
植物にとって生殖成長相は生活環の最大の山場です。栄養成長相は生殖成長を成功させるための準備段階のようなものだと捉えることができます。生殖成長の完結には多大のエネルギーを必要としますので、植物はそのエネルギーが十分供給されるように栄養成長を行うといってもよいでしょう。ある年にたくさんの実がなると(あるいは花が咲くと)翌年は少ないという現象はよくみられることです。それは、植物体が生殖成長のためにエネルギーを使いすぎて、翌年は疲労困憊になったからだともいえます。果実が多くできるということは、それだけ植物体が消耗することにもなりますし、また、一つ一つの果実も十分に大きくなることができません。だから、果実の栽培家は摘果を行って果実数を調節します。質問内容にもあるように、植物体が病気などによって弱ると栄養を十分蓄えることができませんので、生殖成長も勢いがないのは当然です。 
生殖成長は花が咲くとことと、受粉が起きて結実する(種子ができる)ことの二つの連続した過程を考える必要があります。植物はある条件が整うと、栄養成長を行っていた茎頂が、葉芽を分化する代わりに花芽を分化すようになります。これが栄養成長相から生殖成長相への切り替わりです。花芽形成が起きる条件は植物の種類によって様々です。よく知られているのは光周条件です。四季のある環境に生育する植物はいつ花芽をつけるかは一日の日照の長さが信号となっています(光周性)。また、ある期間の低温を経験することが必要な植物もあります。現存の野生の植物は、進化の過程でそれぞれの生育環境のなかで、最適の生存のためのストラテジーを獲得してきたものと考えられます。したがって、花芽をつける条件もそのストラテジーの一つです。環境の現状が著しく変わると、例えば異常気象が続いた場合など、植物は戸惑ってしまい、「狂い咲き」などが起きることになります(質問コーナーの過去の回答:登録番号1104; 登録番号1170; 登録番号1429 をご覧下さい)。また、ご質問にもありますように、病害、虫害や、栄養?水分条件の異常などによるストレスが続くと花芽ができることがあります。植物は正常な生育条件下にしろ、上記のような異常な生育条件下にしろ、これらの環境の刺激を信号として受け取り、これらを体内で化学的信号に転換して、その内的な信号によって花芽形成という生殖成長への切り替えが起きるのです。植物が花芽形成に関わる環境の刺激をどのように受け取るのか、また、それはどのように化学的な内部信号に転換されるのか、化学的信号の実体はなにか、その化学的信号は茎頂でどのようにして葉芽形成を花芽の形成に切り替えるのかなどは極めて興味ある研究のテーマで、現在世界中で多くの研究者が分子レベルでの解明に取り組んでいます。光周性に関しては日本の研究者が一昨年化学的信号の本体を明らかにしました。外部の信号の種類がちがってもおそらく内部の化学的信号は同じであるかもしれませんが、これらのことにつてはこれからどんどん明らかにされてくるでしょう。化学的信号はフロリゲン(花成ホルモン)とよばれていますが、過去の質問コーナーの回答(登録番号1630) を参照してください。また、質問コーナーで「フロリゲン」の言葉で検索して関連する質問への回答も読んでください。 
さて、花芽ができてても、生殖成長は完結しません。花が大きくなり、開花するのは栄養成長と同じで、養分の供給が必要です。形成されたすべての花芽がそのまま開花まで至とはかぎりません。栄養状態が悪いて脱落してしまいます。花の本来の意義?役割は受粉によって結実(種子形成)することにありますが、そのなかで、受粉は決定的な役割を持っています、植物の種類によってそのメカニズムは多種多様です。これらの多様性は生育環境への適応の結果生じたものです。したがって、虫媒花の植物の場合は結実の程度は花粉を運んでくれる昆虫が多いか少ないかでも決まることになります。体力がり、養分の供給も十分であり、たくさんの花芽ができて、立派な花が開花しても肝心の昆虫が少ないと結実はすくないという結果になります。以上のように、花芽の形成 → 開花 → 受粉 → 結実という生殖過程は実に様々な要因で調節され、また影響を受けます。ご質問にもありますように、植物の中には外的ストレスが強いと花を多く咲かせ、果実は小さくてもたくさん作った後、死んでしまう例もありますが、これを「身は死して、子孫を残す」ためと合目的的に理解するかどうかは科学の範囲ではないようですが、それも自分のDNAを残すストラテジーの一つなのでしょう。なお、日本植物生理学会が監修して出版された啓蒙的書物のなかに、「花はなぜ咲くの?」西村尚子著、化学同人 2008年がありますので、ぜひ読んでいただければと思います。
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2012-08-24
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