一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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インゲンマメは暗発芽種子か。

質問者:   教員   まめちゃん
登録番号1912   登録日:2009-02-15
 小学校5年生の「発芽と成長」では、インゲンマメを用いて発芽の条件を調べます。小学校では、発芽の条件として、「水・空気・適当な温度」を扱います。この単元を問題解決的に扱おうとすると、当然、児童から光も必要なのではないかという意見が出ますので、「光」についても調べることになります。
 教科書では、適当な温度を調べる実験として、冷蔵庫に入れて発芽しないことを調べますが、その対照実験は、冷蔵庫内が暗いことから、暗箱にいれることとなっています。暗箱内のものは発芽するので、光はなくてもいいんだねと今までは子どもに説明していました。レタスなどの光発芽種子については、児童が混乱するのであつかわなくてもよいと考えていました。
 ところが先日、別の学校の先生が、引き出しにインゲンマメを蒔いた容器を入れておいたら、発芽しなかったというのです。通常は段ボールにいれる程度なので、わずかな光は入りそうです。
 光発芽種子であっても、段ボール内に入り込むと考えられるわずかな光量で、発芽するのでしょうか。インゲンマメの発芽に光は必要なのですか。
 また、単子葉類の代表として、教科書で扱われるトウモロコシについては、どうなのでしょうか。
 様々な種類の種子について、光発芽種子か、暗発芽種子か、光の有無と全く関係しない種子かのデータののった資料があれば、それもご紹介いただけるとありがたいのですが。
 よろしくお願いします。
まめちゃんさま

みんなの広場へのご質問ありがとうございました。頂いたご質問は光生物学がご専門の、東京理科大学・理工学部・応用生物科学科の井上康則先生にお送りして、以下の回答を頂きました。


以下に回答を記します。


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種子光発芽性に関しては3つのカテゴリーに分類されます。
1.発芽に光が影響しない種類(non-photoblastic)
2.光があると発芽率が上昇する種類(positively photoblastic)
3.光が有ると発芽率が低下する種類(negatively photoblastic)
この内2と3が光発芽性種子になります。
1.には、大型の種子が、
2.には、非乾燥地に生育する小型の種子が
3.には、乾燥地に生育する種子が
一般的に含まれます。


ここで、光発芽性の持つ意味を考えてみましょう。
植物は光合成による独立栄養を営んでいますが、逆の見方をすると、光合成が不可能な環境条件下では生命を維持できないことになります。光合成を営める条件として、原材料として水とCO2、エネルギー源として光、光合成の暗反応は酵素反応ですから適当な温度がそろう必要が有ります。藻類の様に水の中で生育する場合は、光さえ当たれば、水もCO2も細胞の周りに存在していた訳ですが、陸上に進出しようとすると、水は光のない地中に存在し、光は水のない地上に存在することになり、従来の形態では適応できなくなりました。そこで、植物は地中の水を利用するために根を分化させ、根が吸収した水を運ぶために維管束系を発達させ、幹を通して、上空に展開した葉に分配するよう適応してきました。
この結果、維管束植物は移動する能力を放棄することとなりました。移動性が全く欠如した状態ですと、自己増殖を行い子孫を増やす際、母親の陰に種子を作りことになり、子供が光を得られなくなります。そこで、植物は種子に移動能力を持たせて、種子を広い範囲に散布させています。しかし、種子の移動能力は受動的なもので、例えば風散布種子であるタンポポの種子を考えてみますと、どこに着陸するか全く予測できないわけです。せっかく母親の日陰から離れられても、他の植物の陰に落ちてしまうかもしれません。
光合成を営めない環境の場所に落ちた種は、休眠状態で環境の好転を待ち続けます。種子は一度発芽が始まると元の休眠状態へは戻れません。


ですから、種子に取り発芽するか休眠を続けるかの判断は生死をかけた判断となります。小学校で発芽条件として挙げられている、水・酸素・温度の内、水と温度は光合成の必要条件です。酸素は、種子が発芽し光合成器官である葉を展開するまでのエネルギーを種子に蓄えられていた物質の呼吸による異化作用で得れために必要となります。光合成を営むためには、更に光とCO2が必要となります。CO2はガスですので拡散により何処へでも広がって行きますが、光は必ずしも何処でも得られるわけではありません。


では、1に分類される大型の種子はなぜ暗所で発芽してしまうのでしょう。大型の種子は大量の貯蔵物質を持っていますから、暗所で発芽してもモヤシ状態で高くのびることが可能ですので、ギャンブルに出ても光合成可能な上空まで芽を伸ばす確率はある程度期待できます。

これに対し、2に分類される小型の種子の場合は、たとえモヤシ状になっても、高くのびることができないため、光合成可能な赤色光を得るまで発芽を控えているわけです。2を代表するレタス種子の場合、暗所では発芽しません。赤色光を受けると発芽し、赤色光より長波長の近赤外光を受けると、発芽しなくなります。暗所は種子が地中に存在し、どの程度モヤシ状で伸長すれば地上に顔を出せるか判らない状態に対応します。赤色光が当たったと言うことは、種子は地表近くにあり、かつ、赤色光を吸収する光合成色素クロロフィルを持つ他植物が上空に葉を広げていない状態に対応します。近赤外光が当たったと言うことは、種子は地表近くにあるが、上空には他の植物が葉を展開し、光合成に都合の良い光はこの植物に吸収されており、光合成に利用できない残りかすの光のみが地上に届いている状態に対応します。発芽後すぐに光合成を営める=赤色光が当たった場合のみ発芽しているわけです。


3に含まれる乾燥地の植物に取り、生き残りにもっと大切な条件は水の確保です。通り雨により水分が供給されても、光が届く地表近くではすぐに乾燥してしまいます。そこで、ある程度地中深くに埋まっている証として、光が当たらない状態を利用していると考えられます。


ここで、ようやく回答です。
インゲン・トウモロコシは1のカテゴリーかとお問い合わせですが、種苗屋から購入した種子であれば、1になると思います。レタスが2のカテゴリーに含まれることは良く知られていますが、Grand Rapidsという19世紀末に開発された品種で確認されており、現在普通に入手可能な品種のレタス種子は、たぶんすべて1のカテゴリーに入ります。これは、人間が栽培する際、光発芽性であると、種子を蒔く際土を厚くかけてはいけないという、余分な手間がかかるため、品種改良の過程で落ちていった性質です。Lactuca属の野生植物例えば「アキノノゲシ」の種子を調べれば、強い光要求生を示します。「タンポポ」の種子も強い光発芽性を示すと思います。野生植物種子の多くは2のカテゴリーに含まれますが、栽培品種の場合、1のカテゴリーのものが大部分です。


しかし、ある種の植物の種子が1-3のどのカテゴリーに入るかの判断は容易ではありません。Grand Rapids種のレタス種子も、温度が低下(15度程度)すると暗所でも発芽するようになります。一方、現在流通しているレタス種子 も、高温(30-35度)で培養すると光要求生を示すようになります。イネ種子は1のカテゴリーに入りますが、野生イネ種子は光要求生を示すとの噂を耳にしたことがあります。

ですから、どのカテゴリーに属するのかは、培養条件を明示した上で判断する必要があります。


段ボール箱から光が漏れた可能性を述べられておいでですが、レタス種子の場合、吸水開始3分後には光感受性が現れることが報告されています。よって、種子を蒔く際から暗黒下で蒔かないと、暗所である程度種子が発芽してしまう結果になります。また、レタス種子は、教室の机の上程度の明るさの光を1-2分受けただけで発芽しますから、光漏れの可能性は充分考えられます。光を当てる場合、太陽光を直接照射すると、暗所と温度が変わる可能性や、水分条件が異なってくる可能性も考えられます。ですから、光要求性の判断をする際は、光以外の条件をそろえるよう努力なすって下さい。



光発芽性に関した一覧表はBewley, J.D. & Black M. "Physiology and
Biochemistry of Seed in Relation to Germination" Vol. 2
Springer-Verlag 1982にまとめられています。

井上康則(東京理科大学・理工学部・応用生物科学科)
JSPPサイエンス・アドバイザー
徳富 哲
回答日:2009-02-19