一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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維管束の水流速度とその応用(マイクロマシーンに水車発電)の可能性について

質問者:   自営業   モンゴルピッグ
登録番号1918   登録日:2009-02-22
はじめまして。市井の開業医ですが、わが国の農業に強い危機感を抱いております。常々、農業の活性化の方策を思考しておりますうち、今回突拍子もない考え(妄想と紙一重かも知れませんが何卒御寛容下さい)を思い付きました。どうしても、アイデアに対する専門科の御考えを拝聴いたしたく御連絡差し上げます次第です。それはまず、樹木の医者という専門科がおられることをTVで知ったのが切っ掛けでした。TVでは樹木中の水流の状態を聴診器で診察されていました。樹木医のお話では、樹木の吸収した水流が聞こえるとのこと。それが真実なら、おそらく維管束を水がかなりの速度で流れている音ではないかとわたしなりに推測致しました。まずその推測は正しいのかどうかお教え下さい。また、もし真実であるならば、マイクロマシーン技術でミクロな水車を作成し、樹木や穀物植物の維管束内に設置できるような技術を開発できれば、一つ一つが微力な電力であっても、総量をあわせると森や畑が発電所に変まりうるのではないかと考えた次第です。もちろん食料も生産できるわけですから、一挙両得となり食料問題もエネルギー問題も解決できるのではないかと夢想致します。あまりに奇想すぎてお笑いぐさかも知れませんが、何卒御教授下さいますようよろしくお願い申し上げます。草々
モンゴルピッグ さま

土壌に含まれる水分は, 根の根毛から吸収され、根の細胞、根の道管、茎―幹の道管、さらに枝、茎の道管、葉柄の道管、葉の組織の道管、葉肉細胞、気孔を経て、水蒸気として大気中に放出されています。土壌の水がこのような経路を経て、細い道管(最大でも直径0.6 mm)を通って、高い樹木(世界で最も高い樹木は米国カリフォルニアのセコイア; 111.3 m)の葉にも水が送られています。これがどうして可能であるかについて、本質問コーナーの登録番号0656, 登録番号1457の回答をご覧下さい。この根から大気への水の流れの原動力は、葉の細胞間隙―気孔を経る蒸散作用によって水が水蒸気となり、葉肉細胞の水分が低下するためであり、この水の流れを蒸散流とよんでいます。水が充分供給されていれば、気孔を開くことができ、蒸散流が高くなり、CO2を充分に葉緑体に供給できます。土壌中の水分が不足すると気孔が閉じるようになり、CO2の葉緑体への供給が抑えられ、光合成が低下します。このように蒸散作用による水の吸収、移動は、植物の細胞活動に必要な水の供給、光合成のためのCO2吸収、無機養分の吸収、移動、そして葉の温度調節の役割をもっています。

例えば、大きくなったトウモロコシ1個体は充分に灌水すれば1日に約4リットルの水を吸収し、蒸散によって水蒸気となり大気に放出されます。しかし、これが一本のパイプでなく、多数の直径0.6 mm以下の細いパイプ(道管)で、しかも流速が正午の光の最も高いときでも、1時間で10〜15 cm 程度でしか動かない水の移動エネルギーを集めるのはほとんど不可能ではないかと思われます。この移動エネルギーを何らかのミクロな装置で捕捉できたとしても、当然のことながらそれによって蒸散流が抑制され、上に述べた水の生理的役割が機能できなくなり、植物の生育が抑えられると思われます。また、土壌への水の供給が不足すれば灌水が必要ですが、このために必要なエネルギーは、大抵の場合、植物の中の水の移動エネルギーを捕捉できた量に比べ大きいと考えられます。

深い経験をもつ樹木診断医が“樹木聴診器”で音によって蒸散量を判断し、樹木の“健康”状態を診断できるのは、名医が聴診器だけでヒトの病状を適確に診断できるのと同じ様に思はれます。しかし、この弱い音(空気の振動)が水のせせらぎを反映しているかのようなイメージを与えているとすれば、それは誤解を招くかと思います。樹木自体の微振動による音、維管束中の水の流れによる維管束自体の振動などが考えられ、蒸散の盛んな昼間に高くなるようですが、この微弱な音の振動源ははっきり同定されていません(本質問コーナーの質問登録番号1457への回答参照)。上にありますように水が蒸散流によって高い樹木の先端まで移動できるのは、根の維管束(道管)から葉の維管束(道管)に至るまで、大気に接しない閉鎖系であるためです。従って水が道管を移動している間、水が空気に接しているとは考えられません。(血管に空気の泡が入ると血流が抑えられるように)、何かの原因(例えば移動中の温度変化)で道管の中の“水柱”に気泡が入ると水の流れが抑えられます。現在、蒸散流を測定するために、植物の茎や幹の2点の間に温度センサーを差し込み、下のセンサーに熱パルスを与え、熱をトレーサーとして水の移動を測定する方法(Granier法)が開発されています。これによって蒸散流の日変化などが実測され、森林の蒸散量、果樹の蒸散量と果実の品質との関係などが研究されています。
JSPPサイエンスアドバイザー
浅田 浩二
回答日:2012-08-25
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