一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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陽樹・陰樹の光合成速度差の原理的原因

質問者:   大学生   littlerascal
登録番号1955   登録日:2009-04-14
こんにちは、純粋な興味による部分が多いので回答は急ぎませんが、高校生のときからの疑問を解消したいと思いまして質問しました。

高校で生物を習うと、光合成速度には光・CO2・水が関係しているとならい、また植物には陽樹(陽生植物)・陰樹(陰生植物)があって陰樹の方が弱い光でも呼吸量以上のエネルギー源を生成できるために、植生変遷の最終段階となっていくとも習います。
また、センターの生物の問題等でも、光合成速度に関係すると言われる光の量は無制限に比例関係ではないということもよく出題されていたように思います。
ですが、同じ葉緑体が同じ気温・湿度の環境に生存しているときに、なぜ陽樹と陰樹では葉緑体の同化物質生成時の必要ルクスが変わってくるのかは、教えてもらえずとりあえず覚えて下さいという指導要領だった気がします。
葉緑体は、弱い光に集まるという話を読んだことがありますが、陰樹の方が葉緑体が密集していて濃緑色をしているという印象はあまり受けないですし、それだけの理由ならば、最大光合成量は、陽樹でも陰樹でもさほど変わらないはずですし、むしろ葉緑体が多いならば陰樹の方が最大光合成速度は高くなってもよいと思いますが、いわゆるよく見るグラフでは陰樹の方が最大光合成量は少なく、且つ耐えられる最大ルクスも少なく表示されると思います。想定しているのは主に種子植物ですが、それならばクロロフィルもほぼabあたりで共通していると思います。

この生成速度の違いはどこにあるのか教えて下さい。
お願いします。
littlerascal様

お待たせしました。
この質問には東京大学で光合成の研究をされている寺島一郎先生が下記のような回答をお寄せ下さいました。ご参考にして下さい。


(寺島先生からの回答)
質問の中に、「同じ葉緑体が同じ気温・湿度の環境に生存しているとき・・・」とありますが、葉緑体も、実は、種や環境によってずいぶん違います。陽樹と陰樹、陽生植物と陰生植物、陽葉と陰葉という言葉があります。同様に、陽葉緑体と陰葉緑体とも言えるような違いがあるのです。

同種の植物を異なる光環境下で栽培すると、明るい所では陽葉、 暗い所では陰葉を作ります。陽葉と陰葉には厚さなどの形態的な差もありますが、持っている葉緑体も違います。光合成の反応を触媒する酵素タンパク質(たとえばカルビン・ベンソンサイクルの酵素)の量と光を吸収するクロロフィルとの比率(酵素/クロロフィル比)は、陽葉緑体の方が、陰葉緑体よりも大きくなっています。前者が光吸収あたりの光合成速度を高めることで強い光のエネルギーでも利用できるようにしているのに対し、後者はなるべく多くの光を吸収するようになっています。一枚の葉の中でも、表側の明るいところには陽葉緑体が、裏側近くの暗いところには陰葉緑体が分化します。葉に単位面積あたり同じ量の窒素などの資源を投入できるとしたら、暗いところでうまくやる葉の方がクロロフィルを多くもつようになるでしょう。しかし、大量の葉緑体を持つためには、これを作るコストや維持するコストがかかるので、暗いところでは、あまり多くの葉緑体を持たないというのもまた事実です。
 
全ての光環境でうまくやれる植物は存在しません。明るい場所に適応している(=明るい場所が得意な)植物を、暗いところで栽培しても、暗い環境でうまくやれるように形態や機能を変化することはできません。葉緑体は、かなり陰葉緑体的な性質をもつようになりますが、暗い場所に適応した植物の陰葉緑体にくらべると、その酵素/クロロフィル比はかなり高いままです。このように、どの環境でも生存できる植物はなく、また、葉緑体の性質の変化がついていける環境の幅にも限界があります。得意な環境の幅が決まっている植物は、その環境では、他の植物よりも効率的に生きることができます。オールマイティーな植物や、オールマイティーな葉緑体の光環境馴化が見られないことは、こうして理解できます。全体として徐々に暗くなる遷移においてで見られる植物種の交替は、まさに、各環境を得意とする植物が次々と出現することとして理解できます。

寺島 一郎(東京大学大学院・理学研究科・生物科学専攻)
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤 公行
回答日:2009-04-23
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