一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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あて材について

質問者:   自営業   星の王子
登録番号1977   登録日:2009-05-25
毎度お世話様になっております。以前に、「あて材」について色々と教えていただき、貴学会の「これでナットク!植物の謎」の本も読ませていただいております。あて材には、圧縮あて材=針葉樹(裸子植物)と引っ張りあて材=広葉樹(被子植物)があって樹木を支えていることも分かりました。そこで新たな疑問ですが、なぜ針葉樹が「圧縮あて材」を、広葉樹が「引っ張りあて材」を形成するのでしょうか?
それを決定する要素は何でしょうか?
ただ単に針葉樹でリグニンガ多く、広葉樹でセルロースが多いからでしょうか?
宜しくお願いします。
星の王子さま

みんなのひろばへのご質問ありがとうございました。私自身、あて材には興味があり、少しは勉強もしておりましたので、まずは私が回答を書こうと下書きを書き始めたのですが、書いているうちにもしかしてというような気がしだし、あて材の専門家にお願いしようと京都大学生存圏研究所の馬場啓一先生にお願いいたしました。以下が馬場先生のご回答です。やはり専門家にお願いして良かったと思います。王子さまが質問して下さったお蔭で、私も勉強させて頂きました。


馬場先生のご回答:

あて材ではない正常な木部(正常材)では、針葉樹と広葉樹のリグニンとセルロースの含まれる量はほとんど同じです。
あて材の形成についてですが、針葉樹では例外なくリグニンの多い圧縮あて材を曲がる外側に形成します。広葉樹では、大半が引張あて材を曲がる側に形成するのですが、ツゲやクチナシではリグニンの多い圧縮あて材と言える材を曲がる外側に形成します。また広葉樹は引張あて材のバリエーションも広く、典型例はリグニンを全く含まないG層(註参照)を細胞壁に持つものですが、細胞壁の外側から内側へ向かってリグニンの量が徐々に減るものや、正常材とほとんど変わらず年輪幅だけが広くなるものまでさまざまなタイプの引張あて材があります。

ここから先は私の想像ですが、進化の過程で、針葉樹(裸子植物)から広葉樹(被子植物)が出現するイベントの方が、引張あて材形成という形質を獲得するより早い(古い)時代にあったのではないかと思います。つまり初期の広葉樹は針葉樹と同じく圧縮あて材を形成していたのだが、そののち、正常材に極めて近い材を用いて、形成した側に曲がる形質(おそらくセルロースの配向角を繊維軸に対して小さくしていくこと)を獲得し、さらにリグニンを減らしてセルロースを増やすともっと効率的に姿勢制御ができるようになったのではないかと想像されます。リグニンとセルロースを作ることの手間を考えると、リグニンが作られるには何段階もの生合成経路を経ることが必要ですが、セルロースは植物お得意の光合成でたくさんできるグルコースをそのままつなげば作れるので、はるかに少ない労力で作れるだろうと考えられます。

進化の過程では中間的な形質を持った種は絶滅したり少数しか残らないことが良くあります。恐らく、裸子植物時代は圧縮あて材での姿勢制御がひとつの安定した姿であり、被子植物が出現したあとにのあて材ではいろいろな形質が現れて、最終的にG層を形成するタイプの引張あて材がひとつの安定した姿として定着し、その途中段階の物は少数しか現生せず、例外的な存在になってしまったのではないかと考えられます。

馬場啓一(京都大学生存圏研究所)


註:材の中の細胞の細胞壁は幾つかの層から出来ていますが、引張りあて材中の細胞の細胞壁は G 層と呼ばれる正常材の細胞の細胞壁が持っていない層を持っています。
G 層の細胞の細胞壁の特徴の一つは、本文中にもあるように、リグニンを含まず、セルロースとヘミセルロースで出来ていることですが、もう一つの特徴は、セルロースが伸長軸と平行に近い方向に並んでいることです。セルロースは伸びにくい性質を持っているので、セルロースが軸と平行に近い方向に並んでいると、細胞は軸方向に伸びられなくなります。引張りあて材の中で枝を支えているのは、G 層中のセルロースということになります(柴岡)。
JSPPサイエンス・アドバイザー
柴岡弘郎
回答日:2009-06-01
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