一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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道管内の病原菌胞子の移動

質問者:   公務員   コロン
登録番号1983   登録日:2009-05-29
 道管病といわれる植物の病気では、根から侵入した病原菌の胞子が道管内を移動し、大きいものは隔壁での発芽・胞子形成を繰り返し、小さいものは隔壁孔をすり抜けて地上部に達するといわれています。そこで質問なのですが、このコーナーでのご回答の中で、道管内の水の移動速度は最大で時速10〜15cmとありましたが、このようにゆっくりした速度では胞子が自然に沈降する速さの方が勝っていて道管流にのって上昇できないのではないでしょうか。具体的なデータを持ち合わせているわけではありませんが、胞子懸濁液を放置しておくと1時間もしないうちに試験管の底に沈んでしまうのを見ていると道管病の胞子移動の説明が分からなくなりました。よろしくお願いします。
コロン さま

 道管での水の移動については本コーナーでしばしば取り上げられてきました。植物病原菌が道管内を移動して生ずる道管病について、道管を上に移動する水の時速が10 ~ 15 cmでは、この間に病原菌は沈降してしまい、道管流に乗って上昇できないのではないかとの、興味ある視点をご質問頂き、ありがとうございました。この点について、植物病理学がご専門の高知大学の曳地 康史先生にお尋ねいたしましたところ、青枯病菌について、根への接触、道管への侵入、増殖について詳しい解説を頂きましたので、ご覧下さい。
 なお質問登録番号0656, 登録番号1457, 登録番号1918への回答にもありますように、道管の太さは最大0.6 mm以下で、これによって水の大きな表面張力、凝集力を充分に発揮することができ、高い樹木にも水を上昇させることができます。ご質問にあるかびの胞子について、試験管でなく、直径0.6 mm以下の毛細管で、沈降をテストされればどのようになるか、何かヒントが得られるようにも思います。


とても難解な質問です。かびの胞子について、ほんとうに、道管を移動しているのかどうか、小生にはわかりません。道管への侵入、菌糸伸長、コロニー形成をくりかえしているのかもしれません。細菌については、種によって異なるので、ここでは青枯病菌について、小生のグループのデータを基に記します。
1. 根の(おそらく)傷口から、青枯病菌(RS)は根の細胞間隙に侵入する。根の傷口からの分泌物質を認識して、化走性による鞭毛運動により、傷口にたどり着くと考えています。
2. 植物由来の誘導物質を認識し、RSのHrpGタンパク質がリン酸化され、HrpBタンパク質の発現が誘導されます。HrpBはhrp遺伝子群の発現のみならず、一部の植物細胞壁分解酵素(ポリガラクチュロナーゼ等)遺伝子の発現を誘導します。その結果、細胞間隙でのRSの増殖とともに、道管壁孔の分解が可能となります。この細胞間隙での増殖が行われなけば、道管へのRSの侵入は認められません。このように、RSの細胞間隙での増殖と道管への侵入はリンクしており、この増殖の有無がRSの病原性を質的に制御しています。その結果、RSは道管内に侵入できます。
3. 道管は、細胞間隙と比べると、RSの増殖に適した環境です。たとえば、RSの葉酸生合成欠損株は細胞間隙で増殖できませんが、道管内では増殖できます。さらに、鞭毛の働きで、水の流れとは逆向きにも移動できます。そして、適当な場所でコロニー化をし、著しく増殖します。108cfu/mlを越えると、3-OH PAMEによるクオラムセンシングにより、PhcAタンパク質が活性化されます。活性化PhcAタンパク質は菌体外多糖(EPS)生合成系をupregulateします。さらに、PhcAは、hrpレギュロンを負に制御します。その結果、T3SSやタイプ3エフェクターの合成はストップします。さらに、活性化PhcAは鞭毛生合成系をとめ、一部の植物細胞壁分解酵素の合成も止めます。これによって、RSは動けなくなり、コロニーでバイオフィルムを作り定着します。このPhcAの活性化がRS病原性の量的な制御です。
 すなわち、RSは、病原性に関わる遺伝子を時空間的に制御し、病原性機構を巧みに使っています。その一部に、鞭毛生合成系が含まれます。

曳地 康史(高知大学農学部)
JSPPサイエンスアドバイザー
浅田 浩二
回答日:2009-06-03