一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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すでに枯れてしまった木の生前の姿を再現することは可能でしょうか?

質問者:   一般   イク
登録番号2033   登録日:2009-07-27
趣味で桜について調べていて気になったのですが、すでに枯れて何年もたってしまった桜の木から、生前の姿を再現する方法はないのでしょうか?

日本では、(桜に限らずですが)かつて名木として歌に詠まれたり絵に描かれたりしていた木が枯れてしまった時、根元部分や枝、幹の一部を形見のように保存することがよくあります。

・・恐竜やマンモスなどを復活させようという計画がニュースに出たりします。が、大昔の植物を復活させようという話はほとんど聞きません。
それは樹木の場合は化石からの再現ができない(遺伝子が残らない)からなのか、それともただ復活させようという人がいないからなのかわかりませんが、素人の私から見ると、まだ枯れて数百年くらいの樹木の再現は、恐竜やマンモスの化石からの再現よりずっと成功しやすそうな気がしてしまいます。

実際のところ、枯れた木にはどの程度の遺伝子が残されているものなのでしょう?
もし枯れ木に取り出せるだけの遺伝子が残るのであれば、理論上は既に枯れた木でも再現可能ということになり、先ほど書いた形見の幹や枝から古典や伝説のなかにしか登場しない桜の花を再現できるという可能性が出てきます。

くだらないことかもしれませんが、もし何かわかっていることがあったら教えていただけたらと思います。
お忙しい中とは存じますが、よろしくお願いいたします。
イク さん:

みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
生物の形や生き方の基本的デザインはすべての細胞に含まれる遺伝子の中に組み込まれ(書き込まれ)ていること、遺伝子の実体はDNAという化学物質であることはすでにご存じのことと思います。植物、動物など多細胞生物は、受精卵という1個の細胞が何回も分裂してたくさんの細胞となったのですべての細胞は受精卵と同じ遺伝子組成つまり「形や生き方の基本的デザイン情報」をもっています。ですから、ある条件を与えれば、茎、葉、根などに分化した細胞でもそれを培養して、再び茎、葉、根すべての細胞をもつ完全な1個体を再生することが可能で、生物工学の基本技術となっています。今では、多くの種の植物細胞を培養することができ、またその培養細胞群から個体を再生させることができるようになっています。さらに、2つの異なった種の細胞を融合させて1つの細胞にして培養したり、1つの細胞から細胞核を取りだして、他の細胞(予めこの細胞の細胞核は殺しておきます)に注入して、その細胞を培養し、再生させたりすることもできます。これらの技術は、「生きている細胞核」と「生きている細胞」を使うものです。また「遺伝子組み換え生物」をつくる技術として、遺伝子の一部(DNAの断片)を取りだして、生きている細胞に注入(注射でいれても、電気ショックで注入しても、特殊なウイルス、細菌の力を使って送り込んでもよい)して受け取り側細胞の染色体の中に組み込ませる方法があります。この技術は、注入する遺伝子はDNAと言う物質で生きてはいませんが、受け取り側の生きている細胞のDNAに入り込みますので、注入したDNA断片の中にあった遺伝子の作用が現れるものです。
さて、枯れてしまった植物を再現させるためには、その植物がもっていた「すべての遺伝子群」とその「すべての遺伝子が働く場」(つまり生きている細胞)が必要です。生きている細胞核は遺伝子がタンパク質に囲まれて一定の高次構造を取っていると同時に細胞核の働きに必要な酵素類が含まれています。枯れた植物はすべての細胞が死んでいますから遺伝子の実体DNAはすべてあってもタンパク質類は変性して高次構造は崩れています。そのため、このような死んだ細胞の崩れた細胞核を取り出せたとしても「生きている細胞」に入れてもまったく働くことはあり得ません。遺伝子はDNAと言う物質で、DNAを取り出すことができ、DNAの構造、遺伝子の構造、遺伝子が働くために必要な構造などの一部は解明されていますので、特定の遺伝子群を組み合わせた人工染色体がつくられています。人工染色体は酵母、細菌などにいれると小さな核のように働いて人工染色体上にある遺伝子がきちんと働き、増殖もします。しかし、死んだ細胞からすべての遺伝子セットに相当するDNAを損傷のない形で取り出す技術は現在ないはずです。仮に、すべての遺伝子セットに相当するDNAを損傷のない形で取り出せたとしても、これをいれる「生きた細胞」がありません。遺伝子は、生きた細胞質の助けを借りて働きます。死んでいない、別の近縁種の生きた細胞に「枯れた植物」の遺伝子セットをいれても、働いた結果は少しばかりもととは違ってきますので、「枯れた植物」の再現とはなりません。絶滅種では、化石などから核DNAの一部はとれるでしょうが完全なセットやそれをいれる「生きた細胞」がありませんので、完全な再生、再現は今の技術では可能ではないと思います。クローン技術を使って絶滅危惧種を救おうとする試みは動物ではかなりなされているようですが、絶滅危惧種はまだ「絶滅」していませんから「生きた核」と「生きた細胞」を使えますのでクローン技術を適用することができます。DNAは物質としては安定な化合物ですが、生物の形、生き方などのデザイン情報を保つためにはかなり大きな分子を必要とする上、情報を保つための結合は紫外線、放射線やその他の化学物質で改変されやすいものです。したがって、枯れてかなり時間の経った植物残骸や絶滅種の化石などからDNAを抽出できてもそれはほんの一部のDNAに過ぎないものです。とても個体を再生するだけの全情報をもったDNAが残ることはないでしょう。失った生物種を復元することは至難のことです。失わないようにすることが一番大切なことだと思います。
DNAには遺伝情報が組み込まれている、DNAは抽出することができる、死んだ組織、化石などからもDNAを取り出すことができることがある、抽出したDNAの一部を生きた細胞にいれればその上にあった遺伝子を発現させることができる、このような知見を組み合わせるとジュラシックパークのような「お話」ができるのでしょうが、あくまでもフィクションです。
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2009-07-30