一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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葉緑体の起源となったランソウ

質問者:   教員   額鷹
登録番号2070   登録日:2009-09-11
 葉緑体の祖先が、共生したラン藻類(の一種)だったことは、高校生物でも常識となりました。
 さて、ラン藻類の多くがクロロフィルaをもつ一方、クロロフィルa+bでもつ原核緑藻もあります。では、葉緑体の祖先となったラン藻類は、どのようなクロロフィル組成だったと考えられているのでしょうか?

 北大の田中先生は、クロロフィルa+bをもつものが葉緑体の祖先となったと考えられているようです。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsp/pdf-files/04Tanaka.pdf
 これは、現在の有力な説なのでしょうか?
 それとも、クロロフィルaをもつものが葉緑体の祖先となったのでしょうか?
 もしかすると、決着がついていないのかもしれませんが、どちらの方が根拠が多いのかだけでも教えて頂ければ幸いです。
額鷹様

みんなの広場 質問コーナーへようこそ。
「葉緑体の起源となったランソウ」についてのご質問は、質問内容にも有りました北大の田中歩先生に回答をお願いし、以下のような回答を頂きました。ご参照下さい。


葉緑体をもつ植物の進化を考える場合、葉緑体の起源は大変重要な問題で、多くの研究者の興味を引いてきました。ラン藻が唯一酸素を発生する原核型光合成生物であること、細胞内共生説が確立したことなどから、ラン藻が細胞内共生を通じて葉緑体になったと考えられました。
最初に提案されたシナリオの一つに、様々なラン藻が独自に細胞内共生を行い、多様な光合成生物が生まれたとの考えがありました。すなわち、フィコビリンを持ったラン藻から同じ光合成色素系を持った紅藻が誕生し、クロロフィルbを持った原核緑藻を起源にして緑色植物が生まれ、まだ見つかっていないフコキサンチンを持ったラン藻から褐藻が出現したとする考えです。しかし、葉緑体DNAの解析はこの考え方を支持せず、現在広く存在する葉緑体は、一組の組み合わせから誕生したことを示しました。
では、光合成色素系や形態、機能の異なる多様なラン藻の中で、どれが現在の葉緑体の直接の祖先になったのでしょうか。この場合、大きく分けて、二つの考え方があります。一つは、現存するラン藻のどれかを起源とする考えで、もう一つは、現在のラン藻が出現する前に生存していたラン藻を起源とする考えです。これらを解析するには、遺伝子の配列を基にした、分子系統解析が有効な手段です。前者を支持する解析結果も報告されていますが、残念ながら、現在の分子系統解析はこれらの疑問に答えるほど解像度は良くなく、結論を導くのは少し無理があります。葉緑体の直接の起源やその色素系を知ることはさらに困難です。最も一般的な考え方は、現在の多くのラン藻のように、クロロフィルaとフィコビリンを持ったラン藻が葉緑体の直接の起源であるとするものです。このシナリオに従うと、緑色植物の進化の過程でクロロフィルb合成酵素の獲得とフィコビリンの消失が必要です。クロロフィルbの獲得に関しては、原核緑藻のクロロフィルb合成遺伝子が、種の壁を越えて葉緑体を持つ生物へ移動した(遺伝子の水平移動)と考えるのが素直です。水平移動はファージなどを介して頻繁に行われているようです。最も古い真核光合成生物にはクロロフィルbがなく、クロロフィルaとフィコビリンが存在することもこのシナリオを支持します。もう一つのシナリオは、クロロフィルa以外にクロロフィルbとフィコビリンの両方を持ったラン藻が葉緑体になったとする考えです。クロロフィルb合成遺伝子を用いた分子系統解析やクロロフィルbとフィコビリンを持ったラン藻の発見もこのシナリオを支持します。このシナリオは、遺伝子の水平移動の考えを排除しているため、反論の論文が報告されています。
現在のところ、両方のシナリオとも確実な根拠はありません。分子系統解析の解像度を上げる、遺伝子の水平移動の痕跡を見つける、多様な光合成生物を解析することよって明らかにされることが期待されます。しかし、大変難しい課題であることは確かでしょう。高校生には、多くの研究者が考えているように、クロロフィルaとフィコビリンをもったラン藻が細胞内共生を行ったと教えるのが良いと思います。

田中 歩(北海道大学)
日本植物生理学会広報委員長
徳富 哲
回答日:2009-09-30
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