一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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西日と植物の生長

質問者:   公務員   草花医師
登録番号2091   登録日:2009-10-11
ガーディニングの本に、よく西日を避けた方がよいと書かれているケースがあります。また、長年ガーディニングを愛好している母から、植物は午後に光を当てるより、午前中に光を当てるのが良いと聞いています。
私は、午前中の光でも午後の光でも、物理的なエネルギーは同じだから、午前中に光を当てても、午後に光を当てても、変わりはないかとも思います。
しかし、同じ生物のヒトではホルモンの日内変動があります。たとえば、成長ホルモンは深夜高まり、朝低くなります。副腎皮質ホルモンは夜中に低くて朝方から上昇します。植物でもヒトのホルモン類似物質の日内変動があって、そういう影響で午前中の光がよいのかとも思っています。
つまり私がお聞きしたいことは、植物に午前中だけ光を当てた場合と午後だけ光を当てた場合に生長の差異があるのか、もしあるとしたらどういう理由でしょうか?
よろしくお願いします。
草花医師樣

質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。植物を育てておられる方が、いろいろと疑問を持って質問して下さるのはとても嬉しい事です。しかし、今度の質問はなかなか手強いですね。というのは、答えを単純に午前が良いとか午後が良いとかで一般的にお答えするには複雑な要因が多いからです。それに「植物」としてひとまとめで論ずる事ができない面もあります。
最初に、植物の生長がどのように調節されているかをざっと述べさせていただきます。ただし、現象的な記述にとどめます。植物の生長と言う場合、何を指すのかもはっきりしておかなければなりません。まず、背丈の増加(茎の伸長)ということに注目しましょう。ご存知かと思いますが、植物の生長部位は茎(枝も)の先端(茎頂)と根の先端(根端)にあります。その中間の生長は終わっています。いわばキセルのようなもので、茎頂は火皿と雁首、中間は羅于、根端は吸い口の相当します。茎頂と根端では絶えず細胞増殖が繰り返され、細胞数が増加していきます。分裂した個々の細胞は下方へ行くに従ってサイズが増していきます。主として縦方向への増加(伸長)です。それと共に個々の細胞の場所により決まった形や機能を持った細胞に分化していきます。茎頂では火皿が主として分裂の起きる部分、雁首が細胞の増大の部分と考えて下さい。茎頂ではそれぞれの植物種に決まった位置と順序で外側に葉の基となる器官(葉原基)が作られます。これが羅于の部分になると、一人前の葉になり、葉と葉の間の茎は節間となります。そして葉(葉柄)が茎に付いている上側の付け根に新しい茎頂(側芽)が分化して、これが伸びると枝になる訳です。生長をもう少し全体的にみると、葉の数、個々の葉の大きさ、分枝の程度などを考えなければなりません。
さて、植物は動物と異なって、生育の場所を移動する事ができません。したがって、生育する場所でのあらゆる環境因子の影響から免れる事はできません。それぞれの植物種は長い進化の過程の中で、現在生育する環境にうまく適応できるよう自分を作り上げて来たのだと言えます。種子の発芽から開花、種子形成までの一生が環境に制約されているのです。しかし、植物は生育に不都合な環境の変化にどのように対応するか、あるいは環境の変化をどのようにうまく利用するか、それぞれの植物種は様々なストラテジーを備えています。しかし、限度を超えた変化には対応ができず死ぬこともあります。また、死なないまでも、花を咲かせる事ができなかったり、種子を作れなかったりで繁殖に負の影響を受ける事になります。
植物が影響を受ける環境因子の中でもっとも重要なのは光と温度です。光は明るさ(光度)とともに、波長、日照時間が重要な因子です。植物は光のエネルギーを捕獲する光合成をおこないますが、その場合は光量(温度も)と波長もが重要な因子です。また、光を信号として様々な生長の過程で利用しています。この場合、一般的には赤色光/遠赤色光系と青色系の光が一般的です。花芽形成が日照時間によって決まっている植物もたくさんあります。温度は高過ぎたり、低過ぎたりすると植物は死んでしまいます。しかし、適正な生育温度域は植物種によって異なります。どのような環境で育っている植物かによってで異なるのは当然です。ある種の植物は零度に近い低温にある期間(1〜数ヶ月)曝されないと種子発芽できません。これも環境への適応です。
以上述べたようなことは本質問コーナーへの過去の質問への回答に詳しく説明されていますから、ぜひご覧になって下さい。
例えば:昼と夜の成長速度(登録番号0360);光と成長(登録番号1244); 成長には夜も光が必要か(登録番号1401);植物はよく育つ光の色(登録番号1718);太陽光線の色と成長(登録番号1722);植物の環境調節(登録番号1845);光と温度(登録番号2048);光と植物の成長(登録番号2011
 
植物の生長はこのように実にさまざま因子で制御されています。厄介なのは、茎の伸長、分枝の程度、葉の数、葉の大きさ、根の生長、その他は別々に調節されている事です。たとえば、茎がよく伸びるのと、葉が大きくなるのとでは最適条件はおなじではありません。植物を栽培する場合何を目的とするか。葉がたくさん茂るのがよいか、ともかく背丈が高くなるのがよいのか、種子が多くとれればよいのか、花がたくさんつけばよいのか、大きい花咲けばよいのか、などで植物種によって適正条件は異なります。

そこで、ご質問ですが、午前と午後とで何処が異なるかを考えてみて下さい。一般に午前は午後に比べて温度が低い、単位時間あたりの光量は午前の方が少ない、午後、特に夕方に向かって、赤色/遠赤色系の波長の光が多くなる、などが考えられます。戸外で午前だけ光を当てた場合と、午後だけ光を当てた場合をくらべると、当然生長に差は出るでしょう。植物の種類にもよりますが、まず、光合成活動には差がでます。ふつうは温度が高く、光量が大きい方が光合成も盛んで、生長にとてのぞましい条件です。しかし、植物は光合成には二酸化炭素と水分が必要です。もし気温が高く日照も強いと、植物体からの蒸散による水分の消失が大きくなるため、土壌からの水分の供給が不足気味になると葉の気孔が閉じて蒸散を抑えようとします。すると、気孔から入ってくる二酸化炭素の量もも減る事になり、光合成活動は低下します。水の供給が十分にあり、ミネラルの吸収も十分に行われ、適度に高い温度で、光量が多ければそれだけ生長は盛んになるはずです。
植物は一定の適温で常時光が当たっておれば、最大の生長が得られるかというと、必ずしもそうはありません。人工制御温室でトマトを育てた昔の実験によると、昼夜温度が一定条件では、25℃で最大生長がえられるが、昼の温度を26.5℃、夜の温度を17〜18℃にした方がさらに生長がよいということです。したがって、西日が長く当たる場合、特に暑い夏の場合、夜間いつまでも土壌の温度が高いまま保たれることになれば良くないという事もできるでしょう。
茎の生長に限っていうと、光のない方が一番生長速度がたかいのです。いわゆるもやしの生長です。茎は赤色光で生長(伸長)が抑制され、遠赤色光でよく伸びます。これにはフィトクロームという光受容色素が関係していますが、この事は登録番号0027, 登録番号0597, 登録番号1421, 登録番号2011をご参照下さい。
植物の生長過程はサーカディアン リズムによっても調節を受けていますので、さらに問題は複雑になりますが、仮にサーカディアン リズムのことは関わりないとして、午前と午後とで日照の影響は有るかどうかを知るためには、日照以外の条件を午前も午後も同じにして、比較しないと何ともいえません。
なお、環境要因の影響は多くの場合植物ホルモンを介して行われます。つまり、ホルモンの合成が誘導されたり、合成が盛んになるか、抑制されるかしたり、また、輸送による分布に変化が生じたりするのです。ちなみに現在主要な植物ホルモンは7種類知られています。どのホルモンがどのように関わるかはケース バイ ケースです。

以上長々と述べましたが、それは以下のお答えをするための前提です。
「生長の差はあると思います。理由は植物の種類、光を当てる条件、その他の生育条件によって一義的にはなんとも言えません。」
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2012-08-25
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