一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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様々な場面で活躍するフェノール

質問者:   高校生   biospore
登録番号2105   登録日:2009-11-04
 植物についての本を読んでいると「フェノール」や「ポリフェノール」という単語がかなり目につきます。たとえば、細胞壁に強度を与えるフェノール(リグニン)、放射線を遮蔽するフェノール、毒性のあるフェノール(アルカロイド、タンニンなど)、有益な土壌微生物との共生を促進するフェノール、有害な土壌微生物による攻撃を防ぐフェノールなどです。薬になっていたり、健康食品に含まれていたりするポリフェノールもあります。
 そこで気になったのですが、これらのフェノール類は全て同一起源(※)なのでしょうか?あるいは同一起源であることが証明されていますか(されつつありますか)?
 
 駄文となってしまいましたがこの疑問にお答えいただけると幸いです。

※たとえば、細胞壁に強度を与えるフェノールAを作る植物がそのフェノールを進化させて毒性を持つフェノールA’も作るようになった、という具合に、単一もしくは数種のフェノール類が数々の派生物質となったということ。
biospore さん:

毎度、みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
植物のポリフェノールに関心をもち、いろいろ調べられていることが分かります。植物にはたくさんの種類のポリフェノール類がありますが、これらは一般に二次代謝産物とされています。今となってはあまり適当な言葉とは思えませんが、細胞が生きていく上で絶対的に必要な代謝産物を一次代謝物、なくても細胞は生きていけるが不思議と合成されて蓄積する物質を二次代謝産物としています。実際、動物には二次代謝産物がきわめて少ないのがふつうです。植物二次代謝産物の生理的機能はまだよく分かっていないものがたくさんありますが、個体レベルで見るとあった方が有利に働いている場合が次第に明らかになりつつあります。ポリフェノール類は二次代謝産物の代表とも言えるでしょう。
ご質問の「これらのフェノール類は全て同一起源(※)なのでしょうか?」についてまず生合成の立場からご説明します。すべてのフェノール類は一次代謝産物であるアミノ酸のフェニルアラニン(あるいはチロシン)から生合成されますので同一起源と言えます。フェニルアラニンは植物固有の酵素(フェニルアラニン・アンモニア・リアーゼ)によってt-桂皮酸に変わり、ここから多様なフェノール性二次代謝産物の合成がはじまります。t-桂皮酸から生合成経路は枝分かれし、1つは水酸化されてp-クマール酸、コーヒー酸が、さらにこれらからクマリン類、リグニン構成単位物質へ、もう一方はt-桂皮酸に酢酸基(実際にはアセチルCoA)が3個結合し、カルコンを経てフラボノイド骨格となり、フラボノイド骨格は還元されてアントシアニン骨格やカテキン骨格となります。フラボノイド骨格やアントシアニン骨格はさまざまな酵素の働きでいろいろな水酸化状態、メチルエステル化、配糖体化(糖の附加)といった変換を受けて植物種固有のフェノール類となります。つまり、1つのフェノール物質が派生的に次のフェノール物質へ変換されるという、枝分かれの連続で違ったフェノール物質ができると考えることができます。どんなフェノール物質がどの植物のどの部分に合成蓄積されるかは、それぞれの物質を作る酵素があるかどうか、働くかどうかで決まりますので、遺伝子の働き方の問題となります。
これらの多様なフェノール性物質が活性酸素の除去、紫外線吸収作用、動物に有毒などの性質を持つことから、進化の長い過程で生存に有利に働いてきたものと解釈されますし、現在でも有利となっている場合も多々ありますが、人間の健康を保つために作られるものではないことだけは確かでしょう。
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2009-11-06