一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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暗状態での茎の伸長

質問者:   教員   H.S
登録番号2130   登録日:2010-01-08
高校の生物の教員をしております。
次のような状態のしくみを説明を正しく行いたいので質問します。
暗状態で種子を発芽させると茎は細長く「もやし」のようになります。一方、適切に光を当てると太くしっかりとした茎となりますが、茎の伸長はそれほどではなくなります。
このことに関してですが、これはジベレリンの影響だと思っい、「もやし」のような茎ではジベレリンが多いから茎が伸長してるのかと考えていました。本で調べてみると、実は、明状態で茎の伸長が正常なものの方がジベレリンの内生量は多いことを知りました。ジベレリンが多いにも関わらず、茎の伸長が遅いのは、ジベレリンに対しての感受性が低いからとも説明してあったのですが、どのような仕組みでそうなるのかがわかりません。専門的になってもかまわないので、詳細を教えていただきたいです。
H.S樣

質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。遅くなりましたが、質問にお答えします。

[回答]
植物の茎の成長(伸長)は、ご存知でしょうが、茎頂における細胞増殖と、それに続く個々の細胞の拡大(伸長)との二つの素過程からなっています。このうち実質的に伸長に貢献するのは細胞伸長です。したがって、茎がよく伸びるということは、おおむね細胞伸長の過程が促進されていると思っていいでしょいう。
ところで、詳細を語るとなると、細胞伸長はいかにして起きるかということも理解して頂かなければなりませんが、これは植物生理学関係の成書を読んでください。また、本質問コーナーでの登録番号1872も参考になると思います。
細胞伸長の過程にはオーキシン、ジベレリン、ブラシノステロイドなど、いくつかの植物ホルモンが関わっています。また、これらは相互に絡み合って作用している事もしられています。残念ながら、その関連図はまだ解明の途中です。植物体の内生のホルモンの働きや合成は環境要因で大きく影響を受けます。というよりは、植物は周囲の環境変化を外部からの信号として受容し、それらの信号をホルモンという内部信号に変換して、環境の変化に対応しているのです。光はもっともよく研究された環境要因で、植物の光に対する様々な形態的反応を「光形態形成」と呼んでいます。明暗に対する茎の伸長速度の変化も光形態形成の一つと考えて下さい。お分かりのように、植物は強光の下では茎は太く、短く、葉や大きく展開して、濃い緑色を呈しますが、光が弱くなると茎は長くなり、葉の広がりも減少して、緑色も薄くなります。そして、暗黒では緑色はなくなり、葉の展開もなく、ただ茎だけがひょろひょろと長く伸びて行きます(黄化)。植物が成長するために何が重要かというと、その一つは太陽光を最大限に受け止めることです。自然界に生育する植物は葉の角度、枝の広がりなどはそれが行なえるように配置されています。植物はいつも光を求めていると言う事もできます。光屈性はその例でしょう。そして、もやし(黄化)もそうなのです。日があまり差し込まない樹林で芽生えた幼苗は、とにかく光を十分に受容できる条件を求めて、可能な限りエネルギーを茎の伸長に使う事になります。したがって、分枝や葉に広がりなどは最小限にとどめて、まず上へ上へと成長して行く必要があると考えて良いでしょう。もやしはその最たるものです。さて、植物は光の信号をどのように受け止めているかというと、すべてに波長に光が信号に成るという訳ではなく、赤色光ー遠赤色光系と青色系の光が一般に信号として使われています。前者はフィトクロム、後者はクリプトクロムとフォトトロピンが受容体となっています。
(質問コーナーで、「光受容体」で検索して下さい。)よく知られた例は、植物体中に存在する全フィトクロム中のPfr型(遠赤色光吸収型)の占める割合が茎の伸長と負の相関があるということです。アカザを使った実験で、人為的にPfr/全P比を変えた条件で育てると、Pfr型が少ないほど茎の伸長は大きい事が分かっています。暗黒というのはフィトクロムがほとんどPr型になっていると思って下さい。(フィトクロムのことは高校教科書にもあると思いますので、説明は省きます。)
さて、それでは、暗黒だとなぜ伸長が促進されるのか。ご質問のジベレリンとの関連を説明しましょう。この問いを逆に光が照射されるとなぜ伸長が抑制されるのかと言い換えてみます。エンドウなどのマメ科植物はよく実験に用いられてきましたが、黄化した植物体に光を当て脱黄化させると数時間内に活性型ジベレリンのGA1が減少します。
この減少はGA1を合成する反応が抑えられ(関与する酵素の合成が抑えられる。)、反対に、ジベレリンの不活性化に関わる反応が高まる(関与する酵素の合成が高まる)ことによっておきます。このようなジベレリンの内生量の調節にはフィトクロム(phyA) と青色光受容体が関係している事が分かっています。質問の中の「明状態で茎の伸長が正常なものの方がジベレリンの内生量は多い」という記述については、どのような植物でどのような実験の報告なのかが分かりませんので、なんともいえません。シロイヌナズナのphyB(フィトクロムB)の突然変異体の胚軸は野生型に比べて長いが、その内生の活性型ジベレリンは野生型に比べて差はほとんどありません。しかし、外から同量のジベレリンを両者に与えると、この突然変異体は野生型に比べてよく伸長します。つまり、ジベレリンへの反応性が高いという事ができます。これらのことから、シロイヌナズナではもやしに光が当たるとphyBを介して、ジベレリンへの反応性が抑制されることになると思われます。なお、シロイヌナズナでもphyBが関与するより前のずっと早い時間でphyAを介しての活性型ジベレリンの減少が起きていると考えらています。結論として、光による茎の伸長の抑制は、いくつかの分子種の光受容体を介してのジベレリンの内生量と反応性の低下で制御されているといえます。反応性のメカニズムは今の所明確ではありません。細胞伸長の過程に関わる様々な反応のどれかが問題なのでしょう。また、ジベレリンの他にオーキシンとブラシノステロイドも光形態形成と密接に関わっています。これらのホルモンがどのようにcrosstalk しているのかはこれから明らかにされるでしょう。
もし入手できる様でしたら、「植物ホルモンの分子細胞生物学」講談社サイエンティフィクを参考にして下さい。
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2010-01-19