質問者:
高校生
後期試験4日前
登録番号2159
登録日:2010-03-08
葉緑体のなかではチラコイドがいくつか層状に重なってグラナを作っていますよね。しかし、チラコイドで光合成に必要な光エネルギーを吸収するのであればチラコイド同士は重ならずに葉緑体内にまんべんなく配置されている方が効率がよい気がするのですが、実際には、植物はチラコイドを層状に重ねる方向に進化したようです。みんなのひろば
葉緑体内のチラコイドの配置
チラコイドを層状に重ねることに何か機能上の利点はあるのでしょうか?チラコイドを層状に重ねても、まんべんなく敷き詰めてもストロマの容積が変わるとは思えませんし、植物は、葉っぱ単位では互いに重ならないように発生させるのですよね。
また、チラコイドからのびてグラナ同士をつないでいる細い構造も機能上の意義があるのでしょうか?
さらに、葉緑体は由来上、二重膜構造を持つようですが、透過すべき構造が増えるほど光エネルギーは減衰すると思うのですが、なぜ植物は後生大事に二重膜構造を維持しているのでしょうか。
後期試験4日前 さん
本コーナーに質問をお寄せ下さり有り難うございました。この質問には東京大学の佐藤直樹先生が詳しい回答文を用意して下さいましたので、ご参考にして下さい。なお、チラコイド膜の重なり(グナラ)が見られる植物において、チラコイド膜はストロマ部分にも存在しており「ストロマラメラ」と呼ばれています。グラナとストロマラメラの部分には機能的な差異があり、これが光合成の仕組みに関係しているのですが、そのことについてはここではあまり触れないことにします。また、葉緑体にある2枚(場合によっては3枚以上も)の包膜の由来や働きの違いなどについてもここでは議論しないことにします。
(佐藤直樹先生からの回答)
教科書の模式図ではチラコイド膜は濃い緑色ですが、実際のチラコイド膜がどんな色をしているのかよく考えてみましょう。
チラコイド膜の厚さは、定義にもよりますが、約7 nm(ナノメートルは10-9メートル)程度で、その中にはクロロフィルを結合したタンパク質が並んでいます。チラコイド膜の中に含まれるクロロフィル分子の数はどのくらいでしょうか。クロロフィルタンパク質にはたくさんのクロロフィル分子が結合しているのですが、膜の厚さ方向で考えるとせいぜい2分子か3分子でしょう。また、チラコイド膜の中には、クロロフィルを含まないタンパク質もたくさんあります。電子伝達のためのタンパク質やATPをつくる大きなタンパク質です。こういう分子が入っている部分のチラコイド膜は、当然光を通します。また、クロロフィル分子が1分子だけでは、それほど光を吸収することはありません(後述参照)。
大まかな計算をしてみましょう。色素が光を吸収することを記述するには、吸収極大波長と分子吸光係数という2つの値を使います。
クロロフィルにはいくつかの種類がありますが、一番たくさんあるクロロフィルaについて考えると、主に赤色と青色の光を吸収します。吸収極大波長は厳密には溶媒やタンパク質との結合によって変化しますが、チラコイド膜の中でタンパク質と結合して存在している集光性クロロフィルaの吸収極大波長は、赤色光領域では約670-680 nm、青色光領域では約440 nm位と考えればよいでしょう。
分子吸光係数というのはすこし難しい内容なのですが、簡単に説明します。
色素の溶液に光を当てると、光の一部が吸収され、透過光は弱くなります。ある波長における透過光と入射光の強さの比を1 : xとおくと、常用対数log xの値は溶けている色素の濃度と光が通過する距離の積に比例します。一般には、距離を1 cmに固定して考えます。xが10になる、つまりlog xが1になるような色素の濃度をyとすると、1 / yが分子吸光係数となります。分子吸光係数が大きいほど光をよく吸収します。この値は分子の種類によって異なりますが、だいたい10万くらいが理論的にも現実にも最大です。クロロフィルaの赤色、青色それぞれの領域の吸収極大波長では、ほぼこの最大値に近い値になります。
上のことを言い換えると、クロロフィルを溶媒に溶かした場合、10-5 モル/リットルの濃度のとき、その溶液の厚さが1 cmだと、入射光の9割が吸収されます。概算ですが、クロロフィル分子の中で光を吸収するリング構造の部分の大きさを約1 nm四方として、1 nm x 1 nm x 1 cmの立方体の中にあるクロロフィル分子の個数は60個となります。言い換えれば、光が1 cm進む間に60個のクロロフィル分子にぶつかることになります。前のパラグラフに書いた関係を利用すると、対数の知識があれば、次の計算はできますね。
つまり,クロロフィル1分子は、分子にあたった光のうちの96.2%を透過させているという計算になります。これは分子の方向がバラバラの時ですので、チラコイド膜の中にあるクロロフィル分子のように、タンパク質に結合していて特定の方向を向いている場合には、多少違うかも知れません。
おわかりでしょうか。仮にチラコイド膜を1枚だけ取り出して観察することができるとしたら、その色は、緑葉の濃い緑色なのではなくて、緑の絵の具を薄めたような薄い緑色なのです。実際、葉緑体を顕微鏡で観察すると、グラナのところははっきりと緑色に見えますが、グラナとグラナをつないでいるストロマラメラという部分は,ほとんど見ることができません。葉緑体全体としてもきれいな緑色というくらいで、十分に光を通しています。ですから、チラコイド膜はお互いに重ならないようにする必要は全くなく、たくさん重なることでできるだけたくさんの光を吸収しようとしているわけです。
グラナとストロマラメラのことですが、ふつうの植物の場合には確かにグラナが存在しますが、緑色でない藻類では、グラナがなく、チラコイド膜が並行に並んでいるものもたくさんあります。グラナは緑藻と陸上植物だけが進化させた特別なチラコイド膜です。これら緑色植物の場合、光化学系Iはグラナとストロマラメラの両方にありますが、グラナには光化学系IIがあります。つまり、グラナでは、水を分解して酸素を発生する反応からNADPHの合成までの反応ができます。そのときにATPもつくられます。これに対し、ストロマラメラでは、光化学系Iのまわりで電子伝達系が循環することによってATPを合成するものの、NADPHはつくれません。このあたりの役割分担については、まだまだよくわからない点も多いと思います。なお、緑色植物以外の藻類では、チラコイド膜の中に光化学系IとIIの両方があるので、事情はだいぶ違っています。
質問の最後にある二重の膜のことですが、これは包膜と呼ばれています。
包膜は緑色ではありません。たくさん集めると黄色からオレンジ色に見えます。カロテノイドという色素を含んでいるからです。しかしその含量は多くなく、包膜があっても、クロロフィルが吸収する光を横取りすることはほとんどありません。
逆に、包膜は葉緑体にとって欠かせない重要な機能を果たしています。葉緑体が必要とする代謝物質やタンパク質はみな外から入ってきます。これらを輸送するための装置が包膜にはあります。これらの輸送装置は、ここが葉緑体ですよという目印として機能していることになり,そのタンパク質の働きによって,葉緑体に必要なものが入ってきます。その場合,ミトコンドリアで必要なものが間違って葉緑体に入ってくるというようなことはおきないのです。葉緑体はいつも緑色であるわけではなく、種子が発芽したあとはまだ、黄色っぽい色をしています。もやしの色です。そのときには,包膜がありますが,チラコイド膜はまだ未発達な状態で、クロロフィルを蓄積していません。クロロフィルやカロテノイドの合成は包膜の上で行われます。その他にも、チラコイド膜を作るために必要な脂質も包膜で合成されています。このように、包膜は葉緑体を作るときにも重要な役割を果たしています。
葉緑体と相互変換する細胞小器官のことを、色素体と呼びます。もやしの葉にはエチオプラストがあり、黄色い花弁にはクロモプラスト(有色体)があります。ニンジンの根にもカロテノイドを蓄積した色素体があります。これらはみな、色素体といって、葉緑体の仲間の細胞小器官です。色素体はもともとシアノバクテリア(ラン藻,藍藻ともいう)が細胞内に共生してできたものと考えられていますが、その後、光のないところではクロロフィルをつくらないようなしくみができ、それによってさまざまな色素体ができました。しかし色素体は必ず2枚の包膜をもち,またDNAをもっています。このDNAは色素体の機能にも必要なものですが、今回の質問ではないので、詳しい説明は省略します。歴史的にも機能的にも包膜は色素体になくてはならないものだということがわかってもらえたでしょうか。
佐藤直樹(東京大学総合文化研究科)
本コーナーに質問をお寄せ下さり有り難うございました。この質問には東京大学の佐藤直樹先生が詳しい回答文を用意して下さいましたので、ご参考にして下さい。なお、チラコイド膜の重なり(グナラ)が見られる植物において、チラコイド膜はストロマ部分にも存在しており「ストロマラメラ」と呼ばれています。グラナとストロマラメラの部分には機能的な差異があり、これが光合成の仕組みに関係しているのですが、そのことについてはここではあまり触れないことにします。また、葉緑体にある2枚(場合によっては3枚以上も)の包膜の由来や働きの違いなどについてもここでは議論しないことにします。
(佐藤直樹先生からの回答)
教科書の模式図ではチラコイド膜は濃い緑色ですが、実際のチラコイド膜がどんな色をしているのかよく考えてみましょう。
チラコイド膜の厚さは、定義にもよりますが、約7 nm(ナノメートルは10-9メートル)程度で、その中にはクロロフィルを結合したタンパク質が並んでいます。チラコイド膜の中に含まれるクロロフィル分子の数はどのくらいでしょうか。クロロフィルタンパク質にはたくさんのクロロフィル分子が結合しているのですが、膜の厚さ方向で考えるとせいぜい2分子か3分子でしょう。また、チラコイド膜の中には、クロロフィルを含まないタンパク質もたくさんあります。電子伝達のためのタンパク質やATPをつくる大きなタンパク質です。こういう分子が入っている部分のチラコイド膜は、当然光を通します。また、クロロフィル分子が1分子だけでは、それほど光を吸収することはありません(後述参照)。
大まかな計算をしてみましょう。色素が光を吸収することを記述するには、吸収極大波長と分子吸光係数という2つの値を使います。
クロロフィルにはいくつかの種類がありますが、一番たくさんあるクロロフィルaについて考えると、主に赤色と青色の光を吸収します。吸収極大波長は厳密には溶媒やタンパク質との結合によって変化しますが、チラコイド膜の中でタンパク質と結合して存在している集光性クロロフィルaの吸収極大波長は、赤色光領域では約670-680 nm、青色光領域では約440 nm位と考えればよいでしょう。
分子吸光係数というのはすこし難しい内容なのですが、簡単に説明します。
色素の溶液に光を当てると、光の一部が吸収され、透過光は弱くなります。ある波長における透過光と入射光の強さの比を1 : xとおくと、常用対数log xの値は溶けている色素の濃度と光が通過する距離の積に比例します。一般には、距離を1 cmに固定して考えます。xが10になる、つまりlog xが1になるような色素の濃度をyとすると、1 / yが分子吸光係数となります。分子吸光係数が大きいほど光をよく吸収します。この値は分子の種類によって異なりますが、だいたい10万くらいが理論的にも現実にも最大です。クロロフィルaの赤色、青色それぞれの領域の吸収極大波長では、ほぼこの最大値に近い値になります。
上のことを言い換えると、クロロフィルを溶媒に溶かした場合、10-5 モル/リットルの濃度のとき、その溶液の厚さが1 cmだと、入射光の9割が吸収されます。概算ですが、クロロフィル分子の中で光を吸収するリング構造の部分の大きさを約1 nm四方として、1 nm x 1 nm x 1 cmの立方体の中にあるクロロフィル分子の個数は60個となります。言い換えれば、光が1 cm進む間に60個のクロロフィル分子にぶつかることになります。前のパラグラフに書いた関係を利用すると、対数の知識があれば、次の計算はできますね。
つまり,クロロフィル1分子は、分子にあたった光のうちの96.2%を透過させているという計算になります。これは分子の方向がバラバラの時ですので、チラコイド膜の中にあるクロロフィル分子のように、タンパク質に結合していて特定の方向を向いている場合には、多少違うかも知れません。
おわかりでしょうか。仮にチラコイド膜を1枚だけ取り出して観察することができるとしたら、その色は、緑葉の濃い緑色なのではなくて、緑の絵の具を薄めたような薄い緑色なのです。実際、葉緑体を顕微鏡で観察すると、グラナのところははっきりと緑色に見えますが、グラナとグラナをつないでいるストロマラメラという部分は,ほとんど見ることができません。葉緑体全体としてもきれいな緑色というくらいで、十分に光を通しています。ですから、チラコイド膜はお互いに重ならないようにする必要は全くなく、たくさん重なることでできるだけたくさんの光を吸収しようとしているわけです。
グラナとストロマラメラのことですが、ふつうの植物の場合には確かにグラナが存在しますが、緑色でない藻類では、グラナがなく、チラコイド膜が並行に並んでいるものもたくさんあります。グラナは緑藻と陸上植物だけが進化させた特別なチラコイド膜です。これら緑色植物の場合、光化学系Iはグラナとストロマラメラの両方にありますが、グラナには光化学系IIがあります。つまり、グラナでは、水を分解して酸素を発生する反応からNADPHの合成までの反応ができます。そのときにATPもつくられます。これに対し、ストロマラメラでは、光化学系Iのまわりで電子伝達系が循環することによってATPを合成するものの、NADPHはつくれません。このあたりの役割分担については、まだまだよくわからない点も多いと思います。なお、緑色植物以外の藻類では、チラコイド膜の中に光化学系IとIIの両方があるので、事情はだいぶ違っています。
質問の最後にある二重の膜のことですが、これは包膜と呼ばれています。
包膜は緑色ではありません。たくさん集めると黄色からオレンジ色に見えます。カロテノイドという色素を含んでいるからです。しかしその含量は多くなく、包膜があっても、クロロフィルが吸収する光を横取りすることはほとんどありません。
逆に、包膜は葉緑体にとって欠かせない重要な機能を果たしています。葉緑体が必要とする代謝物質やタンパク質はみな外から入ってきます。これらを輸送するための装置が包膜にはあります。これらの輸送装置は、ここが葉緑体ですよという目印として機能していることになり,そのタンパク質の働きによって,葉緑体に必要なものが入ってきます。その場合,ミトコンドリアで必要なものが間違って葉緑体に入ってくるというようなことはおきないのです。葉緑体はいつも緑色であるわけではなく、種子が発芽したあとはまだ、黄色っぽい色をしています。もやしの色です。そのときには,包膜がありますが,チラコイド膜はまだ未発達な状態で、クロロフィルを蓄積していません。クロロフィルやカロテノイドの合成は包膜の上で行われます。その他にも、チラコイド膜を作るために必要な脂質も包膜で合成されています。このように、包膜は葉緑体を作るときにも重要な役割を果たしています。
葉緑体と相互変換する細胞小器官のことを、色素体と呼びます。もやしの葉にはエチオプラストがあり、黄色い花弁にはクロモプラスト(有色体)があります。ニンジンの根にもカロテノイドを蓄積した色素体があります。これらはみな、色素体といって、葉緑体の仲間の細胞小器官です。色素体はもともとシアノバクテリア(ラン藻,藍藻ともいう)が細胞内に共生してできたものと考えられていますが、その後、光のないところではクロロフィルをつくらないようなしくみができ、それによってさまざまな色素体ができました。しかし色素体は必ず2枚の包膜をもち,またDNAをもっています。このDNAは色素体の機能にも必要なものですが、今回の質問ではないので、詳しい説明は省略します。歴史的にも機能的にも包膜は色素体になくてはならないものだということがわかってもらえたでしょうか。
佐藤直樹(東京大学総合文化研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤公行
回答日:2010-03-11
佐藤公行
回答日:2010-03-11