質問者:
教員
佐藤 公
登録番号2192
登録日:2010-05-07
何度かお世話になっております。いつもくわしい回答、ありがとうございます。みんなのひろば
ケーグルらは、なぜ人尿を用いたのか
さて、高校生用のくわしい参考書などには「・・・人尿から単離されたインドール酢酸(IAA)が植物からも発見され・・・」という記述があり、生徒から「なぜ人尿から?」という質問をよく受けます。「昔の人は挿し木を行う時、切り口を人尿に付けてから行った」から人尿を疑っていたのではないのかな?と曖昧な返答をしております(「 」内の部分は登録番号1972の柴岡先生の文章です)。なぜケーグルらは人尿を使うことを考えたのでしょうか。
佐藤 公さま
みんなのひろばへのご質問ありがとうございました。古い話なので、学生時代に勉強した古い教科書を読み返してみました。そのうちの一つ(文献1)によりますと、ケーグルたちは初めは植物材料からオーキシンを取ろうと考えたようです。最初に選んだのはトウモロコシの幼葉鞘の先端です。8人の少女(アルバイト?)が10日かけて10万個の先端を集めました。それを出発材料にしてオーキシンを抽出し、多量のオーキシンを得ることができたのですが、当時の分析技術で構造を決めるのに十分なオーキシンを得るためには、8人の少女に500年働いてもらわなければならないということも分かり、植物材料からのオーキシンの単離・構造決定は諦め、当時、もっと良い出発材料であることが知られていた人尿を使うことにしたと云うことです。文献2にはケーグルたちが動物のいろいろな組織や分泌物にオーキシンが含まれているかどうかを調べ、すべての組織、分泌物に含量は低いながらオーキシンが含まれていること、しかし、腎臓、尿、結腸には多量にオーキシンが含まれていることを明らかにしていることが書かれています。このことからケーグルたちはそうした予備調査の結果から人尿を選んだとも考えられますが、文献1が云っていることから考えると、ケーグルたちは人尿に多く含まれていることを知っていた上で、もっと良い材料はないかと探索したのではないかとも考えられます。さて、当時人尿がオーキシンを抽出するのに良い材料だということが知られていたのは何故かということになります。これから先は私の想像になりますが、一つは佐藤さまもその可能性について触れておられた尿の発根促進作用です。古い話になりますが、発根を促進する物質にはリゾカリンという名が与えられ、オーキシンとは違う物と思われていました。ところが、オーキシン活性を持つ、粗抽出液などがリゾカリン活性も持つことが知られるようになり、リゾカリンはオーキシンなのではないかと考えられ始めていたことがあげられると思います。もう一つは、オーキシン研究者の経験からではないかということです。当時、オーキシンと云う語は「アベナ屈曲テストに活性を示す物質群」をさすものとして使われていましたので、オーキシン研究者は誰でも、アベナ屈曲テストをオーキシンの検出手段として使っていた筈です。私の大学院時代も、アベナ屈曲テストが唯一のオーキシンの定量法だったので、このテストにはお世話になりました。このテストを行うにあたっての重要な注意事項はテスト前に良く手を洗うということです。トイレのあと手洗いを雑に済ますと、オーキシンの含まれていない寒天片がアベナの屈曲を引き起こしてしまいます。当時のオーキシン研究者もこのことに気付いていており、人尿とオーキシンを結びつけていたのではないかと思います。尿中のオーキシンは食べたものが消化される間に腸内の微生物によって作られたものです。私にアベナ屈曲テストの手ほどきをして下さった、恩師の八巻敏雄先生はお金のかかる研究が出来なかった戦時中、アベナの種子さえあれば出来るので、食べた物と自分の尿中のオーキシン量との関係を調べられたそうです。尿中のオーキシン量は肉や魚を食べないと下がり、食べると上がったそうです。ケーグルたちがオーキシンの単離をした、1930年頃、もし日本人の尿を使ったとしたら、さぞ収量が低かったのではないかと思ったりしています。
文献1)Die Wuchsstofflehre: Hans Soding (1952)
文献2)Phytohormones: F.W. Went and K.V. Thimann (1937)
みんなのひろばへのご質問ありがとうございました。古い話なので、学生時代に勉強した古い教科書を読み返してみました。そのうちの一つ(文献1)によりますと、ケーグルたちは初めは植物材料からオーキシンを取ろうと考えたようです。最初に選んだのはトウモロコシの幼葉鞘の先端です。8人の少女(アルバイト?)が10日かけて10万個の先端を集めました。それを出発材料にしてオーキシンを抽出し、多量のオーキシンを得ることができたのですが、当時の分析技術で構造を決めるのに十分なオーキシンを得るためには、8人の少女に500年働いてもらわなければならないということも分かり、植物材料からのオーキシンの単離・構造決定は諦め、当時、もっと良い出発材料であることが知られていた人尿を使うことにしたと云うことです。文献2にはケーグルたちが動物のいろいろな組織や分泌物にオーキシンが含まれているかどうかを調べ、すべての組織、分泌物に含量は低いながらオーキシンが含まれていること、しかし、腎臓、尿、結腸には多量にオーキシンが含まれていることを明らかにしていることが書かれています。このことからケーグルたちはそうした予備調査の結果から人尿を選んだとも考えられますが、文献1が云っていることから考えると、ケーグルたちは人尿に多く含まれていることを知っていた上で、もっと良い材料はないかと探索したのではないかとも考えられます。さて、当時人尿がオーキシンを抽出するのに良い材料だということが知られていたのは何故かということになります。これから先は私の想像になりますが、一つは佐藤さまもその可能性について触れておられた尿の発根促進作用です。古い話になりますが、発根を促進する物質にはリゾカリンという名が与えられ、オーキシンとは違う物と思われていました。ところが、オーキシン活性を持つ、粗抽出液などがリゾカリン活性も持つことが知られるようになり、リゾカリンはオーキシンなのではないかと考えられ始めていたことがあげられると思います。もう一つは、オーキシン研究者の経験からではないかということです。当時、オーキシンと云う語は「アベナ屈曲テストに活性を示す物質群」をさすものとして使われていましたので、オーキシン研究者は誰でも、アベナ屈曲テストをオーキシンの検出手段として使っていた筈です。私の大学院時代も、アベナ屈曲テストが唯一のオーキシンの定量法だったので、このテストにはお世話になりました。このテストを行うにあたっての重要な注意事項はテスト前に良く手を洗うということです。トイレのあと手洗いを雑に済ますと、オーキシンの含まれていない寒天片がアベナの屈曲を引き起こしてしまいます。当時のオーキシン研究者もこのことに気付いていており、人尿とオーキシンを結びつけていたのではないかと思います。尿中のオーキシンは食べたものが消化される間に腸内の微生物によって作られたものです。私にアベナ屈曲テストの手ほどきをして下さった、恩師の八巻敏雄先生はお金のかかる研究が出来なかった戦時中、アベナの種子さえあれば出来るので、食べた物と自分の尿中のオーキシン量との関係を調べられたそうです。尿中のオーキシン量は肉や魚を食べないと下がり、食べると上がったそうです。ケーグルたちがオーキシンの単離をした、1930年頃、もし日本人の尿を使ったとしたら、さぞ収量が低かったのではないかと思ったりしています。
文献1)Die Wuchsstofflehre: Hans Soding (1952)
文献2)Phytohormones: F.W. Went and K.V. Thimann (1937)
JSPPサイエンスアドバイザー
柴岡 弘郎
回答日:2010-05-10
柴岡 弘郎
回答日:2010-05-10