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植物細胞の全能性と動物細胞

質問者:   高校生   サマー
登録番号2196   登録日:2010-05-12
初めて質問させていただきます。
この前、生物の授業で植物細胞の全能性について習って、疑問に思ったことがあります。
植物に関しては、既に育ったニンジンの形成層の一部を切り出して培養することで一個の植物体まで育つことが出来ると聞きました。しかし、動物に関しては、胚の段階ならば成功率は高いのですが、育ってしまった個体からそのように一個体を復元するのは難しいそうです。
近年はiPS細胞などの話を聞きますが、それでも、一個体を復元することはまだ出来ませんし、植物ほど手軽に行きません。

一体、なぜ植物細胞の方は全能性を簡単に復活させることが出来て、動物細胞の方は育ってしまうと全能性を復活させるのが難しくなってしまうのでしょうか。

一応、自分でも理由に関して二つほど考えました。
一つ目は、植物はずっと育ち続けて新しく茎や根を伸ばし続けるのに対して、動物はずっと育ち続けて手や足が伸び続けるということはないため、全能性を保つ必要がないから、という理由。
二つ目は、これは先生に聞いたところいただいた解答なのですが、人間のような長い寿命を持つ生物が全能性を保ち続ける細胞を持っていると、ガンのリスクが大きくなるため、進化していく中で淘汰されたのではないか、という理由です。
けれど、このような理由を考えるだけでは、その違いの起きる仕組みに関しての根本的な解答になりません。
出来れば上記の理由のような「なぜそのような違いがあると進化的に有利なのか」ということだけではなく、「動物細胞と植物細胞、どのような構造の違いによって、このような違いが生まれるのか」というような解答もお願いいたします。
サマー様

質問コーナーヘご来場歓迎いたします。回答が遅れましたが、東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学の馳澤 盛一郎先生に以下のようなお答えをいただきました。
生物学扱う現象には未解明の事柄がいっぱいあります。高校の教科書には表面的にしか記載していない事柄が多いのですが、皆さんが疑問をもち、もっと詳しく知りたいと願うのは素晴らしい事です。自然科学の研究は疑問を深める事で進みます。これからもどんどん疑問をもってください。 


[回答]
多細胞動物の体(個体)は様々な種類の細胞で構成されています。例えば60兆の細胞から成ると言われるヒトでは内臓、神経、血球、皮膚などで形も機能も異なった体細胞が見られます。しかし、これらの細胞は全て一個の受精卵から派生してきたものです。これが卵割(細胞分裂)を繰り返して個別の道を進み、最初は同じ性質を持っていたはずの細胞が特殊化(分化)して専門化した形態・機能を獲得した細胞になりますが、この過程は普通には後戻りができません。一方、多細胞植物の細胞も受精卵から分化しますが、体細胞を適当な条件で培養すると、初期化のような現象が起こり(脱分化)、細胞分裂を経てもう一度分化させ(再分化)、さらに個体を再形成することもできます。植物細胞の持つこの能力を分化全能性と言います。分化全能性については東大理学部のHPの「理学のキーワード」というコーナーに要を得た解説が載っていますので、下記の注に再掲しておきます。

そこでご質問の件ですが、一般に植物の体細胞が分化全能性を保持していて、動物の体細胞がそうではないのはなぜかという疑問はもっともですが、一言でいうと現時点では明快な答は未だありません。 ただヒントになるいくつかのことが知られております。動物の受精卵は卵割を繰り返して成長し、最初は同じ性質を持っていたはずの細胞が数を増やす内に分化(特殊化)して様々な性質の細胞になります。この分裂成長の各段階で細胞核に遺伝子(DNA)の特定の部位が修飾される(置換基などが結合する)ことが知られています。これにより、ある特定の遺伝子しか働かなくなる、つまり遺伝子の発現が特殊化することで分化していくことになります。これは原則として一方通行のプロセスですが、植物は動物よりリセットされやすいようです。なお、脱分化という分化のリセットによる初期化は、iPS細胞の研究が示すように一群の遺伝子(転写因子群)を導入することで誘導できることから、脱分化という現象は遺伝子群の発現制御により起こることが分かります。また、再分化に関しても同様に遺伝子機能によって担われているようです。今後、動植物の脱分化と再分化に関わる遺伝子の特定(同定)が進み、遺伝子発現制御や翻訳後修飾の研究が進展すれば、動物と植物の分化全能性に関する差異について解明されていくものと考えられます。

注)「分化全能性」

杉山 宗隆(東大植物園・准教授)

分化全能性(全分化能,英語ではtotipotency)は,個体を構成するさまざまな種類の細胞のどれにも分化することができる潜在能力である。動物でも 植物でも,すべての細胞の起源となる受精卵は,明らかに分化全能性をもっている。次の受精卵につながる生殖系列の細胞も,分化全能性を保持しているとみな される。問題はそれ以外の体細胞の分化能力である。

植物においては,体細胞が分化しても,必ずしも分化全能性は失われない。こ れは,数々の細胞培養実験の結果から, 1960年代にはすでにかなりはっきりしていた。たとえば,ニンジンの細胞から不定胚を経て個体の全部を再生させた実験などは,植物体細胞が分化全能性を 有することを端的に示している。分化全能性のより厳密な証明は,その後タバコ葉肉プロトプラストから植物体を再生することによってなされたが,これには本研究科生物科学専攻の長田教授が大きな貢献をしている。

動物の場合は,1個の体細胞から個体を再生する,というような荒技は基 本的に不可能である。一般には,初期発生の間に個々の動物細胞の分化能力は次第に限定され,分化全能性は失われるとされている。これとの対比から,分化全 能性はしばしば植物細胞の特徴として強調され,植物科学の固有のテーマのようにも扱われてきた。しかし近年では,動物細胞の分化全能性が維持もしくは喪失 されるさいの分子機構が精力的に解析されており,分化全能性の研究はもはや植物分野の専売特許ではなくなっている。とくに再生医療を見据えた,胚性幹細胞 の分化全能性(に近い多分化能)の研究は,社会的にも注目を集めている。

植物の分化全能性の研究も,この10数年の間に著しく進展した植物分子生物学の恩恵を受け,いま新しい段階に入っている。なかでも個体再生など,分化全能性が発現する過程の解析はやはり植物ならではであり,多くの新知見が期待される。

馳澤 盛一郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2010-05-23
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