一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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熱帯植物の葉のしおれ

質問者:   一般   ガルーダ
登録番号2264   登録日:2010-07-24
海外日本人学校で、現地の文化についてのガイドをボランティアで行っています。
今回、熱帯植物がテーマとなり、その特徴を調べています。
その中に、“樹木の若葉の一部が本来のものと異なる色で生育し、成長するに従って本来の色となっていく”というものがあります。多くは当初白っぽいものが、徐々に緑色になっていきますが、薄い黄色、淡いピンク色もあって綺麗です。樹木の所々にハンカチがぶら下がっている様にも見えるので、地元では『ハンカチの木』とも呼ばれています。(他に、全く違う木で正式名称としての『ハンカチの木』があるようですが…)
現地で詳しい方の説明によると、葉の内部の生育が充分でない内に 葉となってしまったもので、病気や枯れではなく 正常なものだということです。
この現象について仲間内では“葉のしおれ”と呼んでいますが、実際に水分が足りなくて萎れている訳ではないことから、この呼び方に疑問が出ています。また“葉のしおれ”で検索しても、該当する現象にたどりつきません。
この現象の正式な名称を知りたいと思います。
また御専門の立場から、この現象について簡単にご説明頂ければ助かります。
ガルーダ さま

ハンカチノキとよばれる樹木(Davidia involucrata)は、中国、四川省で標高, 約2000 m、湿度が高い谷間に生え、6月ごろ、大人の手のひら位の大きさの白い花が咲き、遠くからは葉の中にハンカチがあるように見えるようです(大北 寛)。この樹木は葉が白くなるのではなく、比較的大きな白い花が咲くので、ご質問の熱帯でみられた樹木はハンカチノキとは異なる種と思われます。

現在、おられる熱帯地方で観察されている樹木は、送っていただいた写真によれば、ハンカチノキのように花が白いのではなく、大部分の枝の葉は緑ですが、いくつかの枝の葉が全部、白くなったり、または、赤くなったりするようで、この点、ハンカチノキと明らかに違います。これらの白い、または、赤い葉のついている枝についている葉の形は、緑の枝の葉と同じ形をしているため、葉の葉緑体が完全にできないため白くなった葉をもつ枝、または、さらに、赤い色素で覆われた葉をもつ枝と考えられます。

植物の葉は光合成に必要なクロロフィールの色素を必ずもち、これが葉の細胞の中の葉緑体に含まれ、最も盛んに光合成をしている時期の葉は緑色をしています。しかし、葉の色は若葉が現れてから、落葉するまでずっと緑色ではなく、若葉が赤くなる植物(バラなど)も多く、また、秋になると紅葉する植物も多くみられます。これらの時期の葉では表皮細胞にアントシアニンが蓄積し、この色素のために赤色にみえます。なぜ、この様にアントシアニンを合成して葉緑体に光を当てないようにしているかについては、次のように考えられています。若葉の未完成の葉緑体、また秋になって温度が低くなって葉緑体が光合成を余りできなくなった時、葉の表皮のアントシアニンを太陽光のフィルターとして用い、強い太陽光で葉緑体が光酸素障害を受けるのを抑制していると推定されています。これらについては本質問コーナーで、アントシアニンで検索していただければ、この色素のフィルター効果を含め多くの機能についての回答がみられます。

一方、一枚の葉の一部が白くなる、または、クロロフィール(葉緑体)の密度が低くなって緑色の濃さが低くなる、いわゆる、斑入りの葉はしばしばみられます。スイカの果皮に模様があり、果皮全体の表面が同じ緑でなく、緑の薄いところもあるといったまだら模様が一般的です。花弁の色にも、まだら(斑入り)が入ったのがあることにも気がつかれることと思います。この他に、葉の全体が同じ濃さの緑でなく斑入りである葉をもっている植物も多数あります。植物の葉などに何故、この様な斑入りがあるかについては、本質問コーナーの質問登録番号0100, 登録番号0235, 登録番号0323, 登録番号0468, 登録番号1272, 登録番号1477への回答をご覧ください。スイカの果実の模様については質問登録番号0137への回答を, 花弁の斑入りにつては質問登録番号2060, 登録番号2186への回答をご覧ください。これらの回答の中には、どのような機構で斑入りができるのか、斑入りが葉や花弁にとってどんな意味がるのか、なぜ必要なのかなどが詳しく論じられています。しかし、なぜといった点についてはまだまだこれからの研究課題です。

熱帯で見られた樹木で一つの枝全体の葉が白く、または、赤くなったのが、緑の枝の中でぽつぽつとみられるのは、一枚の葉の一部の細胞で葉緑体が完全にできず斑入りがみられるのと似ているように思います。熱帯のこの樹木では、斑入りの葉で葉緑体の充分にできない白い部分の細胞と同じことが、枝全体の葉に広がっているように思われます。非常に興味のある現象で、なぜ、ある枝全体の葉が全部、完全な葉緑体ができないのか、またはアントシアニンだけが合成されて葉緑体が余りできないのか、どんな機構でこの様になるのか、何のためにこの様な枝をもつようになったか、また、一見不利なこの様な性質をなぜずっと持ち続けてきたのか、など、いろんな点で興味のある樹木のように思われます。


<追加の回答>

ガルーダさん、

Toptropicals.comのカタログを見てみましたところ、ガルーダさんが添付されました写真(webページには表示していません)は、塚谷先生も言われていますように、マメ科のBrownea grandicepsとManiltoa grandifloraではないかと思います。以下のwebページをご覧ください。
http://toptropicals.com/catalog/uid/brownea_grandiceps.htm
http://toptropicals.com/catalog/uid/Maniltoa_grandiflora.htm
ご質問の白くて垂れ下がったものは若い枝であり、しばらくすると葉が緑になり、枝全体がしっかりすると書かれています。ミズキ科のDavidia involucrataのように花を包む苞が白い物もHandkerchief treeと呼ばれるようですが、別のものです。
先に色素や強光傷害に詳しい浅田浩二先生に解説をしてもらいましたが、熱帯植物に詳しい塚谷先生からは、別の観点(発生学的、生態学的観点)から解説をもらいました(次を見て下さい)。また、塚谷先生からは、高橋俊一様が作られている素晴らしいwebページhttp://www.geocities.jp/plants_name/maniltoa/maniltoa.htmlも紹介してもらいました。ガルーダさんが写真を撮られたのはボゴール植物園とのことですが、同じ植物園でのこれらの植物の写真が載っています。

柿本 辰男(広報委員長) 

ガルーダさん

これは多分、マメ科のManiltoa grandiflora(ハンカチーフノキ)でしょうね。やはりマメ科のBrownea grandicepsかもしれません。いくつかの種類がこういうことをしますね。遠くから見るととてもきれいなので、熱帯では花のように鑑賞することもありますし、ガルーダさんのお名前にゆかりのインドネシア・ジャワ島では、有名なボゴール植物園などでも、大きな樹が見られます。
なぜこれらの樹がこんなことをするかというと、生存競争が激しく、種の多様性が極めて高い熱帯では、葉の食害がとくに著しいので、葉をムダにしない必要に迫られています。一番危ないのは、葉が葉原基から成長して光合成を獲得するまでの、柔らかくて美味しい準備期間ですね。私たちもキャベツの葉のように、柔らかいところを好んで食べます。そこで植物は、この時期をどうやり過ごすか、いろいろな工夫をしています。特に大事なことは、光合成のためのクロロフィルの合成や、RubiScoの蓄積をいつ行なうかです。これらの合成はとてもコストがかかるので、この植物は、葉の大きさが確保できるまでは、それを控え、その代わりに食害されにくいような苦みのある成分などを溜めるようです。そうすると、まずしなしなした色の薄い葉が広がるわけですね。そうして十分葉が大きくなったところで、一気に緑にして水を送り、展開するわけです。
実は同じような工夫は、温帯でも見られます。クスノキ科のいくつかの種、たとえばシロダモなども、葉が展開するとき、初めは色が薄くてしんなりしています。ちょっと違う感じなのは、生け垣によく使うカナメモチですね。葉の赤い品種がよく植えられています。あれも、最初は緑が薄い代わり、赤い色が目立つので、鑑賞に好まれるわけですが、あれも多分、柔らかくて食べられやすい時期をやり過ごす工夫だと推定されています(ただしあの赤い色は、害虫対策という説と、紫外線対策という説とがあって、まだ決着していないようです)。そう思って身の回りの植物の芽吹きを見くらべてみると、いろいろ工夫されているのが分かります。ぜひ確かめてみてください。

塚谷 裕一(東京大学大学院理学系研究科・教授)
JSPPサイエンスアドバイザー
浅田 浩二
回答日:2012-08-25
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