質問者:
会社員
ひろひろ
登録番号2312
登録日:2010-09-23
最近家のネコが喜ぶかもしれないということで、キャットミントとキャットニップを購入して鉢に植えてみました。一般のネコにはキャットニップの方が人気があるようですが、当家のネコにはキャットミントがお気に入りのようで、いつも通りすがりに葉をかじっていきます。このためにキャットミントの方は買った時から比べてほとんど大きくなりません。みんなのひろば
ネコを集めることのメリット
さて、植物はなんらかのメリットがあって昆虫や動物を誘引すると思うのですがメリットがわからないので教えてください。
1. 花のない時期もいつも匂いを発生していて、葉を囓られるだけである。もともと地下茎で強力な繁殖力があるので、ネコを必要とはしないはず。
2. キャットミント類がネコ科に限って誘引するのはなぜ?どうせ集めるなら、もっと対象動物を広げてもよいのではないか?
以上よろしくお願いします。
ひろひろ様
質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。植物は実にさまざまな物質をいわゆる二次代謝産物として生産していますね。これらは植物の成長自体には直接重要ではないものです。しかし、他の生物(ヒトを含めて)に対してはいろいろな生理的効果があるのがふつうです。ヒトは生薬と称してこれらを積極的に利用しています。なぜ、植物は直接成長に重要でない物質を作り出すのだろうかということについては、それぞれの植物によっていろいろ考えられます。様々な二次代謝物質を生産するのは、植物にとってなんらかのメリットがあるはずです。植物だって、エネルギーを費やして無駄な物をつくるとは考えられません。これらの物質の役割は大きく分けて、植物が身を守るため、つまり、昆虫やカビや微生物や動物などに攻撃されないようにするため、逆に昆虫や動物を引きつけるため、つまり、繁殖の手段として授粉を手伝わせたり、種子を運ばせたりするためです。前者では、匂いや味や毒性が他の生物の忌避物質として作用します。後者では色素(花等)、匂い等誘引物質として働きます。さて、おたずねのキャットミントやキャットニップの場合はどう考えたらよいのでしょうか。マタタビの場合もそうですね。キャットニップ(イヌハッカ)やキャットミントがネコ科の動物を惹き付けるもととなる物質はネペタラクトン(キャットニップの属名Nepetaに由来)といいます。この物質は化学的にはモノテルペンと呼ばれる物質群の一種で、その中でイリドイドという骨格をもった仲間です。マタタビの成分であるマタタビラクトン(イリドミルメシン)もそうです。ネペタラクトンは実は防虫効果が高くゴキブリも撃退するようです。市販の虫除け剤よりも10倍の効き目があるという報告があります。一般にイリドイド系統の物質は多かれ少なかれ防虫効果があるようです。そうすると、キャットミントやキャットニップは虫から身を守るためにこの物質を生産していると考えてよいでしょう。考えてみると、これらの植物が進化の過程の中で現在の生態的地位を確立してきた環境には、ネコ科の動物が周りにいて、食害を受ける可能性はなかったのでしょう。ネペタラクトンなどの物質がネコ科の動物に催淫効果をもつのはたまたまのことに過ぎないのでしょう。ヒトが生薬として珍重する物質もたまたまのことに過ぎないと思います。植物が意図したことではありません。
ひろひろ様
勝見先生の回答で、私も勉強させてもらいました。私はこの分野は素人ですが、思っていることを追加させて頂きます。「何のため?」という疑問を明確な形に言い換えると、「たまたま起こった何らかの遺伝的変化が自然淘汰に有利に働き、形質の固定に役立ったか?」ということですね。今回のご質問の場合、防虫効果に加えて、集ったネコが尿や糞をしてくれるということが植物の正の淘汰圧となり、ネペタラクトンを作る形質に寄与したという仮説を立てることも可能かもしれませんが、それを証明することは大変困難です。進化の問題は証明するのが難しい場合がほとんどです。今回の場合、キャットニップの近くにネコの糞尿が多いかどうか、また、これらの植物の原産地と寄せられる動物の生息地が一致するかどうかなどから、それがありえそうかなさそうか、という議論かと思います。
ラクトン類がシグナルとして使われる例は、植物に限らずいくつかあったと思います。最近日本で発見された枝分かれを制御する植物ホルモンであるストリゴラクトンは、有用な菌根菌を呼び寄せる作用もあります。同時に、寄生植物であるストライガはストリラクトンを認識して宿主に寄生します。
柿本 辰男(広報委員長、大阪大学)
回答の後、少しやりとりがありましたので、参考までに以下に掲載しておきます。柿本
追加のコメントをありがとうございます。進化のことは実証できないのであくまでも推測の域を脱しません。キャットニップ(イヌハッカ)を例にとれば、その分布はもともとユーラシア原産で温帯に生育します。ヨーロッパ、アジア、オセアニア、南北アメリカに分布します。日本のものは帰化植物です。生育地は荒れ地、路傍、牧草地などです。この植物が種として生態的地位を確立したのはいつ頃か知りませんが、その頃、ネコ科の野生の動物が沢山周辺にいて、植物体を食んだとしたら、彼らの糞尿を肥料とするメリットよりも、食われないように保身する手段を発達させたのではないかと思います。それに、ポピュレーションの決して多くないネコ科の動物だけを誘うというのも効率的な選択ではないような気もします。ネペタラクトンのような化合物を作るようになったのはネコ科のような、ある意味での外敵がいなかったからではないかと思いました。ユーラシア地域でこの植物種が誕生したとしたら、そこにネコ科の野生動物が沢山いた可能性は少ないように思います。これらのことを考慮して、回答を書いた次第です。こういう質問は難しいですね。
勝見先生:webを見ていると、キャットニップに酔う犬もいるようですが、どうなのでしょうか? 柿本 辰男(広報委員長)
キャットニップのことをもっと調べてみました。ネコ科の動物といっても、トラには有効でないとも書いてあります。また、全てのネコが反応するのではなく半分くらいは無反応らしいです。それにネコの反応性には程度の差がありこれは遺伝性のものだということです。イヌも多少反応する場合が見られる事もあるようですが、これはネコと同じような生理的なものではないかもしれません。いろいろ想像をたくましくしてキャットニップがネコを惹き付けるメリットを説明すると、こんな風にもいえます。キャットニップに含まれれるネプタラクトンは主に葉のトライコームの中にありますから、ネコが戯れて身体を葉に擦り付け、トラーコームを壊してなかの揮発性のネプタラクトンを遊離させるとすれば、植物はそれによって防虫効果を得るかもしれない。しかし、なぜ、ネコ科だけなのか? ネプタラクトンはintact のまま植物の周辺にいつまでも残存している訳ではないので、その有効性は?などの疑問があり、この説明はこじつけになります。
植物と他の生物との関係にはまだ知られていない興味ある現象が多々あるはずです。いずれ何かの化合物を介してのある種のchemical communicationでしょうが、ストリゴラクトンのような植物生長調節自体にとっても重要な発見に繋がるかもしれませんね。
ご参考までに、キャットニップ(ネプタラクトン)についてその後 web上でいろいろ検索していましたら、次の article が compact が一番分かり易かったのでお知らせします。 Chemican & Engineering News Vol.83(No.31) :39 (August 1, 2005) " What's that stuff?"
勝見 允行(JSPPサイエンスアドバイザー)
勝見 允行(JSPPサイエンスアドバイザー)
質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。植物は実にさまざまな物質をいわゆる二次代謝産物として生産していますね。これらは植物の成長自体には直接重要ではないものです。しかし、他の生物(ヒトを含めて)に対してはいろいろな生理的効果があるのがふつうです。ヒトは生薬と称してこれらを積極的に利用しています。なぜ、植物は直接成長に重要でない物質を作り出すのだろうかということについては、それぞれの植物によっていろいろ考えられます。様々な二次代謝物質を生産するのは、植物にとってなんらかのメリットがあるはずです。植物だって、エネルギーを費やして無駄な物をつくるとは考えられません。これらの物質の役割は大きく分けて、植物が身を守るため、つまり、昆虫やカビや微生物や動物などに攻撃されないようにするため、逆に昆虫や動物を引きつけるため、つまり、繁殖の手段として授粉を手伝わせたり、種子を運ばせたりするためです。前者では、匂いや味や毒性が他の生物の忌避物質として作用します。後者では色素(花等)、匂い等誘引物質として働きます。さて、おたずねのキャットミントやキャットニップの場合はどう考えたらよいのでしょうか。マタタビの場合もそうですね。キャットニップ(イヌハッカ)やキャットミントがネコ科の動物を惹き付けるもととなる物質はネペタラクトン(キャットニップの属名Nepetaに由来)といいます。この物質は化学的にはモノテルペンと呼ばれる物質群の一種で、その中でイリドイドという骨格をもった仲間です。マタタビの成分であるマタタビラクトン(イリドミルメシン)もそうです。ネペタラクトンは実は防虫効果が高くゴキブリも撃退するようです。市販の虫除け剤よりも10倍の効き目があるという報告があります。一般にイリドイド系統の物質は多かれ少なかれ防虫効果があるようです。そうすると、キャットミントやキャットニップは虫から身を守るためにこの物質を生産していると考えてよいでしょう。考えてみると、これらの植物が進化の過程の中で現在の生態的地位を確立してきた環境には、ネコ科の動物が周りにいて、食害を受ける可能性はなかったのでしょう。ネペタラクトンなどの物質がネコ科の動物に催淫効果をもつのはたまたまのことに過ぎないのでしょう。ヒトが生薬として珍重する物質もたまたまのことに過ぎないと思います。植物が意図したことではありません。
ひろひろ様
勝見先生の回答で、私も勉強させてもらいました。私はこの分野は素人ですが、思っていることを追加させて頂きます。「何のため?」という疑問を明確な形に言い換えると、「たまたま起こった何らかの遺伝的変化が自然淘汰に有利に働き、形質の固定に役立ったか?」ということですね。今回のご質問の場合、防虫効果に加えて、集ったネコが尿や糞をしてくれるということが植物の正の淘汰圧となり、ネペタラクトンを作る形質に寄与したという仮説を立てることも可能かもしれませんが、それを証明することは大変困難です。進化の問題は証明するのが難しい場合がほとんどです。今回の場合、キャットニップの近くにネコの糞尿が多いかどうか、また、これらの植物の原産地と寄せられる動物の生息地が一致するかどうかなどから、それがありえそうかなさそうか、という議論かと思います。
ラクトン類がシグナルとして使われる例は、植物に限らずいくつかあったと思います。最近日本で発見された枝分かれを制御する植物ホルモンであるストリゴラクトンは、有用な菌根菌を呼び寄せる作用もあります。同時に、寄生植物であるストライガはストリラクトンを認識して宿主に寄生します。
柿本 辰男(広報委員長、大阪大学)
回答の後、少しやりとりがありましたので、参考までに以下に掲載しておきます。柿本
追加のコメントをありがとうございます。進化のことは実証できないのであくまでも推測の域を脱しません。キャットニップ(イヌハッカ)を例にとれば、その分布はもともとユーラシア原産で温帯に生育します。ヨーロッパ、アジア、オセアニア、南北アメリカに分布します。日本のものは帰化植物です。生育地は荒れ地、路傍、牧草地などです。この植物が種として生態的地位を確立したのはいつ頃か知りませんが、その頃、ネコ科の野生の動物が沢山周辺にいて、植物体を食んだとしたら、彼らの糞尿を肥料とするメリットよりも、食われないように保身する手段を発達させたのではないかと思います。それに、ポピュレーションの決して多くないネコ科の動物だけを誘うというのも効率的な選択ではないような気もします。ネペタラクトンのような化合物を作るようになったのはネコ科のような、ある意味での外敵がいなかったからではないかと思いました。ユーラシア地域でこの植物種が誕生したとしたら、そこにネコ科の野生動物が沢山いた可能性は少ないように思います。これらのことを考慮して、回答を書いた次第です。こういう質問は難しいですね。
勝見先生:webを見ていると、キャットニップに酔う犬もいるようですが、どうなのでしょうか? 柿本 辰男(広報委員長)
キャットニップのことをもっと調べてみました。ネコ科の動物といっても、トラには有効でないとも書いてあります。また、全てのネコが反応するのではなく半分くらいは無反応らしいです。それにネコの反応性には程度の差がありこれは遺伝性のものだということです。イヌも多少反応する場合が見られる事もあるようですが、これはネコと同じような生理的なものではないかもしれません。いろいろ想像をたくましくしてキャットニップがネコを惹き付けるメリットを説明すると、こんな風にもいえます。キャットニップに含まれれるネプタラクトンは主に葉のトライコームの中にありますから、ネコが戯れて身体を葉に擦り付け、トラーコームを壊してなかの揮発性のネプタラクトンを遊離させるとすれば、植物はそれによって防虫効果を得るかもしれない。しかし、なぜ、ネコ科だけなのか? ネプタラクトンはintact のまま植物の周辺にいつまでも残存している訳ではないので、その有効性は?などの疑問があり、この説明はこじつけになります。
植物と他の生物との関係にはまだ知られていない興味ある現象が多々あるはずです。いずれ何かの化合物を介してのある種のchemical communicationでしょうが、ストリゴラクトンのような植物生長調節自体にとっても重要な発見に繋がるかもしれませんね。
ご参考までに、キャットニップ(ネプタラクトン)についてその後 web上でいろいろ検索していましたら、次の article が compact が一番分かり易かったのでお知らせします。 Chemican & Engineering News Vol.83(No.31) :39 (August 1, 2005) " What's that stuff?"
勝見 允行(JSPPサイエンスアドバイザー)
勝見 允行(JSPPサイエンスアドバイザー)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2010-10-07
勝見 允行
回答日:2010-10-07