一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物体の一部にしか光が当たらなくても光中断は起きる?

質問者:   一般   EKaw
登録番号2345   登録日:2010-11-13
子どもとの会話で、どうやって花芽がつくのかという話題になりました。光中断の実験を引き合いに出して、一定の長さの暗期が必要であることを説明したのですが、子どもから「植物の大部分を覆い隠して、一部にだけ光を当てたらどうなるのか」と質問されました。色々調べてみたのですが、お恥ずかしいことに答えることができませんでしたので、こちらに質問させていただきました。

上記のような場合、

1. 光中断されなかった部分には花芽がつく
2. 光中断の情報は植物全体に伝わり、花芽はつかない
3. その他

のどれが答えなのでしょうか。もし「2.」だとしたら(私はそうだと思っているのですが)、光が当たったという情報は、ほかの(光の当たらなかった)部分にどうやって伝わるのでしょうか。

光中断にはフィトクロムの光変換が関与していたと記憶していますが、一部でもフィトクロムがPfr型になると何らかの物質(植物ホルモンなど)が合成されるとか、電気信号(膜電位?)などが生じるのかなと思ったのですが・・・。

お忙しいところ恐縮ですが、急ぎませんのでどうぞよろしくお願い申し上げます。
EKawさま

みんなのひろば質問コーナーへようこそ。歓迎致します。農業生物資源研究所で花成の研究をされています第一線の研究者、井澤 毅先生が詳しく答えて下さいました。 


EKawさま、

質問、ありがとうございます。私は、この十五年間ほど、短日植物であるイネを研究材料に、光周性花芽形成や光中断反応を個々の遺伝子の働きのレベルで明らかにしたくて研究して いるものです。
 質問にあるのに似た実験を、僕自身もいつかやってみたいと考えていますが、まだ、ちゃんとできていませんので、既に論文報告のある研究結果や自分 達の結果をもとに、どの可能性が高いかを推察する形になりますが、できるだけ一般論として、なるべくわかりやすくお答えします。
 まず、現在の植物の花芽がつくしくみに関して、多くの研究者から支持されている考えから説明しますと、植物は、主に、葉で一日の日の長さを認識して、フロリゲン(花成ホルモン)というタンパク質を合成します。葉の中でも、維管束内の一部の細胞で合 成されると考えられています。より短日条件でフロリゲンの合成が誘導され、開花が早まる短日植物と、より長日条件で合成が誘導される長日植物に大 別されます。
 葉で合成されたフロリゲンは、その細胞から出て、維管束の師部の中を通って、茎の先端に運ばれ、植物全体というよりは、茎の先端に運ばれます。そ して、茎の先端にたどり着いたフロリゲンは、茎の先端にある細胞の中に入り、花を作る遺伝子群の働きを特異的にオンにすることができる茎の先端で だけ合成されるタンパク質を一緒になって、花を作る遺伝子を働かせるスイッチの一部になります。
 このことを踏まえての、ご質問の内容ですが、大きく二つのことが含まれていると思います。① 光中断のしくみと、② 一部の葉だけ光中断処理をした時の反応です。
 まず、②からですが、話が複雑にならないように、一般的な光中断実験、つまり、短日条件で栽培中の植物に光中断を与えるケースを想定します。フロ リゲンの合成は、あとで詳しく述べるように、生物時計が決める特定の時刻に光を受けているかどうかで決まっているので、その葉の細胞が、光を受けることができて、また、生物時計が働いていれば、一枚だけの処理であって、光中断の作用でフロリゲン合成への効果は生まれます。ただし、短日植物 では、光中断は、フロリゲンの合成を止める作用になります。また、長日植物では、光中断に対する反応がにぶいものがほとんどです。
 ですから、葉の一部でだけ、光中断をした場合、残りの植物体の部分を暗くすることが、フロリゲンが合成される状況にどう影響をあたえるかで、花芽 がつくかどうかが決まるはずです。短日植物の場合に、短日処理に相当する時間だけ暗くするなら、光中断しない部分は、フロリゲンが合成される条件 なので、一部での光中断での影響はでないはずです。長日植物の場合は、前述したように、光中断でのフロリゲンの合成誘導効果がはっきりしていません。この場合、残りの部分は、フロリゲン合成が抑制されている状態なので、総体として、あまり、花芽誘導の効果はないのではと思います。長日植物 のシロイヌナズナでは、生物時計が決める生物時刻― 夕方 ―に、光が当たると、フロリゲンが合成されます。
 つぎに、①ですが、最近の我々の研究から、少なくともイネでは、長日条件で栽培中のイネは、朝の光に、短日条件で栽培中のイネは、真夜中の光に反応して、フロリゲンの合成を止める働きのある遺伝子が動き出すことが分かっています。一方で、短日条件でも、長日条件でも、朝の光に反応して、フ ロリゲンの合成を促す遺伝子が働くことも分かってきました。この時間帯を決めているのが、いわゆる生物時計で、生物時計がおかしくなった突然変異 体や光受容体の突然変異体では、この反応がおかしくなります。
 ここで、少し複雑なのは、合成を止める方の遺伝子は、フィトクロムという光受容体を介して、つまり、ご存知かと思いますが、赤い光に強く反応する 形で動き始めますし、合成を促す遺伝子は、フィトクロムを必要とせず、強い青い光を受けて働き始めます。まだ、同定できてはいませんが、フロリゲ ン合成をオンにするために働いている青色光受容体が存在してるはずで、ゲノム情報を参考にしながら、探しているところです。また、抑制する遺伝子 は、この合成を促す遺伝子が働くのを抑え込む力があります。短日植物であるイネはこのようなしくみで、いつ花芽をつけるかを決めているのです。
 蛇足になりますが、過去のシソ等を用いた接ぎ木実験から、フロリゲンの作用は、一部の接ぎ木から、花芽を誘導できることが知られています。ですか ら、植物の一部でだけ、フロリゲンを合成できる植物を作った場合は、他の場所がフロリゲンを作っていなくても、花芽ができると考えられます。どこ まで広くに花芽がつくかは、維管束のつながり具合が大事な要素になると思うので、状況によって変わるかもしれません。また、茎の先端がフロリゲン を受け入れられる状況にあるかどうかについてのイネの生長プログラムにのっとった制御もあると信じされています。
もし、不明な点があれば、再度、連絡ください。

井澤 毅(農業生物資源研究所)
JSPP広報委員長
柿本 辰男
回答日:2010-11-17
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