質問者:
その他
長島 健一
登録番号0236
登録日:2005-05-04
ほうれん草を栽培している仲間から、出荷先から砂粒がついていると言われたが、なんと言うものなのかと質問されました。ほうれん草に付着している白い小顆粒(シュウ酸カリウム)について
私はほうれん草に良く見られるもので生理的にほうれん草の体内から出てくるもので、特に害があるものではないという認識でいました。
農業関係の役所に問い合わせをしたところ、シュウ酸カリウムの結晶だと教えてもらいました。
シュウ酸なら、量の問題でしょうが、まるっきり無害と言う事もいえないと思いました。このシュウ酸カリウムが生理的にどのようにして発生するのかメカニズムを教えていただきたいのです。
また、結晶化するのは、ほうれん草の体内のシュウ酸が外に出るのでほうれん草の質はよくなるのか、それとも飽和状態になって出てくるのか、そうするとほうれん草の質はどう考えたら良いのか。結晶が付いてほうれん草の質的に落ちるのか?
また、シュウ酸は硝酸態窒素を吸収していく時に、体内のイオンバランスを整えるために蓄積されるというような話を聞いた覚えがあるのですが、そうするとシュウ酸カリウムの結晶化と硝酸態窒素のほうれん草の含有量には相関関係があるのでしょうか?
以上のことについて教えていただきたいので宜しくお願いします。
農水省研究所の坂野先生にお答えいただきました。大変難しい質問で、本当のことはこれからの研究によるでしょうが、仮説の一つとして考えてみましたとのことです。参考にして下さい。
長島 健一さま
ご質問では「シュウ酸カリウム」とありますが、話の全体から察するに「シュウ酸カルシウム」の間違いではないかと考え(文末をご覧下さい)、以下その前提で考えてみました。
イネなどの植物が酸性の土壌環境を好むのに対して、ホウレンソウなどはアルカリ性の土壌環境を好みます。家庭菜園で石灰を散布せずにホウレンソウの種を蒔いたら、芽は出たがその後の成長が悪く収穫できるまで育たなかった、という経験をした人もあるでしょう。なぜホウレンソウがアルカリ性の土壌を好むか、これは進化上の問題です。地球上に多くの植物が生まれ陸上に広がっていったとき、たとえば石灰岩が豊富なアルカリ性土壌地域に進出しようとした植物の中にホウレンソウの祖先があったとすると、この植物がどうしても克復しなければならない問題があったと考えられます。アルカリ性といってもpHにして7前後ですが、このpH 領域では植物の生育にとって不可欠の養分であるリン酸や鉄はそれぞれリン酸カルシウムになって不溶化したり、水酸化物になったりして吸収されにくくなります。おそらくホウレンソウの祖先植物は根から大量の水素イオンを放出して根の環境のpHを下げ、リン酸や鉄イオンを吸収できる形に変化させ、この問題を克復したと想像されます。
ご存知のように植物細胞のpHは細胞質が7.5前後、液胞が5.5位ですから、細胞中の水素イオンはごく僅かしかありません。ですから根の周りのアルカリ性土壌を中和するのに必要な大量の水素イオンは、細胞自身が作り出すより他はありません。このためにホウレンソウの細胞は有機酸を作り、それが解離してできる水素イオンを用いると考えられます。作られる場所は葉のイデオブラストと呼ばれる細胞で、そこで作られる主な有機酸はシュウ酸であることが知られています。ほかに葉の表皮の毛(表皮細胞の変形したものでtrichome と呼ばれる)にも存在します。シュウ酸は強い酸で、それが作られた細胞の液胞内に不溶性のカルシウム塩(結晶)として蓄積します。つまり、シュウ酸は中和され不溶化して液胞の中に閉じこめられているのです。中和に用いられたカルシウムはもちろん根の環境に存在していたもので、シュウ酸由来の水素イオンが根から放出された見返りとして、好むと好まざるとにかかわらず根に入って来ると考えるのが筋です。ところがカルシウムイオンは植物の重要なセカンドメッセンジャーですから、むやみに植物体内で濃度が上がれば有毒です。ホウレンソウはカルシウムをシュウ酸カルシウムという形に変えて不溶化し、特定の細胞(イデオブラスト)の液胞に閉じこめることで、この「セカンドメッセンジャー」問題も同時に解決したのです。
シュウ酸は植物体内にカルシウム塩として蓄積するばかりでなく、根から外部環境に放出され、土壌中のリン酸カルシウムを溶かしてリン酸を可溶化すると
共に、自らは土壌中でシュウ酸カルシウムになります。根からは他にクエン酸も放出されます。こちらは鉄イオンとコンプレックスを作って鉄を可溶化し、根が鉄を吸収しやすくしています。シュウ酸やクエン酸が根のどの部分の細胞でできて放出されるのかは不明です。
シュウ酸が合成されるのは蓄積する場所と同じイデオブラストです。アスコルビン酸(ビタミンC)やその前駆体からでき、カルシウム塩として蓄積することが放射性同位元素を用いたトレーサー実験により確かめられています。細胞質のアスコルビン酸濃度はかなり高く(10mM位)、細胞内で発生する活性酸素を除去する役割も果たしています。アスコルビン酸が酸化されて酸化型(デヒドロアスコルビン酸)になると容易に酸化・分解され、シュウ酸が生成します。しかしアスコルビン酸の合成と分解がシュウ酸合成の関連でどのように調節されているのか、まだ分かっていません。
ご質問中の「シュウ酸は硝酸態窒素を吸収していく時に、体内のイオンバランスを整えるために蓄積される」というのは私には理解できません。しかし、細胞内で硝酸が還元されてアンモニアになり、さらにタンパク質に同化されると細胞内がアルカリ化します。したがって細胞のpH調節という点からは細胞内で水素イオンが作られることも考えられ、シュウ酸合成が起きてもいいように思われます。シュウ酸を少しでも減らせるなら、窒素源として硝酸態窒素の代わりにアンモニア態窒素を用いるのも良いかもしれませんが、シュウ酸蓄積をどこまで抑えることができるか疑問です。硝酸態窒素の同化がシュウ酸蓄積の主要な原因ではないと思います。
ホウレンソウのシュウ酸含量を減らすことはアルカリ性土壌で栽培する限り不可能なのでしょうか。一般に、鉄やリン酸欠乏になると植物は根から水素イオンを出して根の環境を酸性化することが知られています。とすれば、植物に吸収しやすい形(あるいは方法)で鉄やリン酸を与えることが鍵になるかもしれません。確かな答えではありません。これは植物生理学者の机上の仮説です。
溶けやすさから考えると、葉の表面に着いていたのはシュウ酸カリウムではなく、シュウ酸カルシウムだった可能性があります。葉の表皮細胞の毛に蓄えられたシュウ酸カルシウムは、毛が傷つけば葉の表面で乾いて砂粒のように見えるかもしれません。カリウム塩なら雨の一降りで簡単に溶けて洗い流されてしまうでしょう。しかし、それがやはりカリウム塩だった場合は、ここに書いたことは考え直さなくてはいけないでしょう。
坂野 勝啓(農業生物資源研究所)
長島 健一さま
ご質問では「シュウ酸カリウム」とありますが、話の全体から察するに「シュウ酸カルシウム」の間違いではないかと考え(文末をご覧下さい)、以下その前提で考えてみました。
イネなどの植物が酸性の土壌環境を好むのに対して、ホウレンソウなどはアルカリ性の土壌環境を好みます。家庭菜園で石灰を散布せずにホウレンソウの種を蒔いたら、芽は出たがその後の成長が悪く収穫できるまで育たなかった、という経験をした人もあるでしょう。なぜホウレンソウがアルカリ性の土壌を好むか、これは進化上の問題です。地球上に多くの植物が生まれ陸上に広がっていったとき、たとえば石灰岩が豊富なアルカリ性土壌地域に進出しようとした植物の中にホウレンソウの祖先があったとすると、この植物がどうしても克復しなければならない問題があったと考えられます。アルカリ性といってもpHにして7前後ですが、このpH 領域では植物の生育にとって不可欠の養分であるリン酸や鉄はそれぞれリン酸カルシウムになって不溶化したり、水酸化物になったりして吸収されにくくなります。おそらくホウレンソウの祖先植物は根から大量の水素イオンを放出して根の環境のpHを下げ、リン酸や鉄イオンを吸収できる形に変化させ、この問題を克復したと想像されます。
ご存知のように植物細胞のpHは細胞質が7.5前後、液胞が5.5位ですから、細胞中の水素イオンはごく僅かしかありません。ですから根の周りのアルカリ性土壌を中和するのに必要な大量の水素イオンは、細胞自身が作り出すより他はありません。このためにホウレンソウの細胞は有機酸を作り、それが解離してできる水素イオンを用いると考えられます。作られる場所は葉のイデオブラストと呼ばれる細胞で、そこで作られる主な有機酸はシュウ酸であることが知られています。ほかに葉の表皮の毛(表皮細胞の変形したものでtrichome と呼ばれる)にも存在します。シュウ酸は強い酸で、それが作られた細胞の液胞内に不溶性のカルシウム塩(結晶)として蓄積します。つまり、シュウ酸は中和され不溶化して液胞の中に閉じこめられているのです。中和に用いられたカルシウムはもちろん根の環境に存在していたもので、シュウ酸由来の水素イオンが根から放出された見返りとして、好むと好まざるとにかかわらず根に入って来ると考えるのが筋です。ところがカルシウムイオンは植物の重要なセカンドメッセンジャーですから、むやみに植物体内で濃度が上がれば有毒です。ホウレンソウはカルシウムをシュウ酸カルシウムという形に変えて不溶化し、特定の細胞(イデオブラスト)の液胞に閉じこめることで、この「セカンドメッセンジャー」問題も同時に解決したのです。
シュウ酸は植物体内にカルシウム塩として蓄積するばかりでなく、根から外部環境に放出され、土壌中のリン酸カルシウムを溶かしてリン酸を可溶化すると
共に、自らは土壌中でシュウ酸カルシウムになります。根からは他にクエン酸も放出されます。こちらは鉄イオンとコンプレックスを作って鉄を可溶化し、根が鉄を吸収しやすくしています。シュウ酸やクエン酸が根のどの部分の細胞でできて放出されるのかは不明です。
シュウ酸が合成されるのは蓄積する場所と同じイデオブラストです。アスコルビン酸(ビタミンC)やその前駆体からでき、カルシウム塩として蓄積することが放射性同位元素を用いたトレーサー実験により確かめられています。細胞質のアスコルビン酸濃度はかなり高く(10mM位)、細胞内で発生する活性酸素を除去する役割も果たしています。アスコルビン酸が酸化されて酸化型(デヒドロアスコルビン酸)になると容易に酸化・分解され、シュウ酸が生成します。しかしアスコルビン酸の合成と分解がシュウ酸合成の関連でどのように調節されているのか、まだ分かっていません。
ご質問中の「シュウ酸は硝酸態窒素を吸収していく時に、体内のイオンバランスを整えるために蓄積される」というのは私には理解できません。しかし、細胞内で硝酸が還元されてアンモニアになり、さらにタンパク質に同化されると細胞内がアルカリ化します。したがって細胞のpH調節という点からは細胞内で水素イオンが作られることも考えられ、シュウ酸合成が起きてもいいように思われます。シュウ酸を少しでも減らせるなら、窒素源として硝酸態窒素の代わりにアンモニア態窒素を用いるのも良いかもしれませんが、シュウ酸蓄積をどこまで抑えることができるか疑問です。硝酸態窒素の同化がシュウ酸蓄積の主要な原因ではないと思います。
ホウレンソウのシュウ酸含量を減らすことはアルカリ性土壌で栽培する限り不可能なのでしょうか。一般に、鉄やリン酸欠乏になると植物は根から水素イオンを出して根の環境を酸性化することが知られています。とすれば、植物に吸収しやすい形(あるいは方法)で鉄やリン酸を与えることが鍵になるかもしれません。確かな答えではありません。これは植物生理学者の机上の仮説です。
溶けやすさから考えると、葉の表面に着いていたのはシュウ酸カリウムではなく、シュウ酸カルシウムだった可能性があります。葉の表皮細胞の毛に蓄えられたシュウ酸カルシウムは、毛が傷つけば葉の表面で乾いて砂粒のように見えるかもしれません。カリウム塩なら雨の一降りで簡単に溶けて洗い流されてしまうでしょう。しかし、それがやはりカリウム塩だった場合は、ここに書いたことは考え直さなくてはいけないでしょう。
坂野 勝啓(農業生物資源研究所)
広報委員
三村 徹郎
回答日:2009-07-03
三村 徹郎
回答日:2009-07-03