一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物が成長抑制剤で伸長を抑制されているとき、そのことによって植物内では新たになんらかの植物ホルモンによる順応した制御機構がおきているのでしょうか。

質問者:   会社員   コスモ
登録番号2364   登録日:2010-12-13
芝生の管理にも生育調整剤が使用されるようになりましたが、ジベレリンのGA1を抑制しての効果のようです。実際、伸長は抑制されるのですが植物にとっては正常な生長がなされない状態ですので植物内においてはこれに対応してなんらかの制御機構が発生しているのではないかと思います。例えばGA1生成が抑制され続けた場合にジベレリン合成そのものにも新たにこれに順応するような制御機構が働いたりするのでしょうか。
宜しくお願い致します。
コスモさま

植物ホルモンの最先端の研究をされている神谷勇治先生に回答してもらいました。興味深い回答ですね。


コスモさま

植物にとってジベレリンは生長ホルモンとして必須で、発芽、節間伸長、花芽形成など植物の様々な分化と成長段階で働いています。芝生の徒長と生育抑制にジベレリンの生合成阻害剤が使われています。多くはジベレリンの生合成の中間体のエントカウレンの酸化を触媒するシトクロームP450の阻害剤で、トリアゾール系の薬剤が使われています。植物ホルモン生合成阻害剤を使用する場合は極めて低濃度で処理されます。矮化剤の使用によりジベレリンの生合成が抑えられても、活性型のジベレリンのGA1は未処理区に比べて30%程度減少すれば、顕著な矮性を示します。この時に植物内部でもジベレリンの低下が認識されてフィードバック制御がかかり、ジベレリンの生合成酵素の発現が高められて活性型のジベレリンをもっと合成しようという反応が見られます。しかし生合成中間体の量が減少しているので、結果として活性型のジベレリンが減少し、矮化します。私たちのグループでは植物ホルモンを液体クロマトグラフィー・質量分析装置を用いて一斉に分析するシステムを開発しました。これを用いて分析すると植物によってはまれにジベレリンが低下すると、それを補う為に他のホルモンの生合成が変化することがあります。これは植物ごとに異なっていますし、栽培条件や植物の生育段階の影響も受けます。イネのジベレリン生合成酵素の突然変異体では、内生ジベレリンが低下し矮化します。通常、ホルモンの生合成の後期を触媒する酵素は同じ機能をもった複数の遺伝子が存在するために、器官特異的な生育抑制がみられます。矮性イネのジベレリン以外のホルモンを一斉分析しても、その内生量は野生種とほとんど差がありませんでした。矮化剤を処理した芝生の他のホルモンや二次代謝物質がどのように変っているかは、実際に分析しないと正確にはわかりませんが、通常の使用範囲では大きく変化しているとは思いません。緑の革命によりイネや小麦にははジベレリンの生合成や情報伝達が低下したために矮性形質を示す品種が世界的に使われています。したがって矮化剤処理された芝生も生育は遅くなっても正常に育っていて、むしろ厳しい環境に耐性になる傾向がみられます。
 ただし、誤ってトリアゾール系の矮化剤を使用推薦濃度より高濃度で使用すると他のホルモンであるアブシジン酸、ブラシノステロイド、サイトカイニン等の生合成酵素も阻害されて、副作用が見られることがありますので注意してください。これは植物の対応というよりは、むしろ薬剤の選択性によります。また園芸店ではビーナインという矮化剤が市販されていますが、これはジベレリンの生合成の後期に関わる2オキソグルタル酸要求酸素添加酵素を阻害する薬剤です。発がん性があるので使用はお薦めできなせん。おなじ作用機構をもった薬剤ではくみあい化学から出されているビビフルが安全で分解しやすいので、最近はよく使われています。

神谷 勇治(理研植物科学研究センター(PSC)生長制御グループ・グループディレクター)
広報委員長
柿本 辰男
回答日:2010-12-17